雌に就いて(太宰治)のあらすじ・登場人物
寝巻をめぐる男二人の空想
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 4,994字
- 読了目安
- 約10分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
太宰治が1936(昭和11)年5月、雑誌『若草』に発表した短編。二・二六事件の日、客人と長火鉢をはさんで交わした理想の女の寝巻をめぐる雑談が、二人で旅に出る想像のかけ合いへと広がっていく。ほぼ全編が会話で進み、最後の数行で、その空想が語り手の過去の記憶に根ざしていたことが明かされる。
あらすじ
冒頭に未開の民が妻を食うという挿話を置き、語り手は、これは希望を失った人たちが読む「老い疲れた」小説だと断る。ことしの二月二十六日、青年将校たちが事を起こしたその日に、語り手は客人と長火鉢をはさみ、事件のことは何も知らずに、女の寝巻について話し込んでいた。客人は、向島の二階に五歳の娘と暮らす二十七八歳の弱い側妻を理想とし、語り手は、洗いたての男の浴衣を着た少年めいた女を思い描く。やがて二人は、東京駅で落ち合って旅に出るという筋を交互に付け足しはじめる。女は「おそくなりまして」と小声でわびて現れ、食堂車ではサイダーを飲み、山の温泉宿に着く。語り手は仕事のふりをしていろは四十七文字を書きつけ、女を町へ出かけさせ、眠り薬をのんで床に入る。女が寝返りを打つ水の流れるような音に、「死のうと言った。女も、――」と言いかけたところで、客人が「よしたまえ。空想じゃない」と遮る。客人の推察は、あたっていた。その翌日の午後に語り手は情死を行ったのである。相手は芸者でも画家でもなく、自分の家に奉公していた貧しい育ちの女だった。女は寝返りを打ったばかりに殺され、語り手は死に損ねて、七年たった今も生きている。
登場人物
- 私 語り手。客人と空想の旅を語り合う
- 客人 長火鉢をはさんで話す相手
冒頭部(原文より)
フィジー人は其最愛の妻すら、少しく嫌味を覚ゆれば忽ち殺して其肉を食うと云う。又タスマニヤ人は其妻死する時は、其子までも共に埋めて平然たる姿なりと。濠洲の或る土人の如きは、其妻の死するや、之を山野に運び、其脂をとりて釣魚の餌となすと云う。 その若草という雑誌に、老い疲れたる小説を発表するのは、いたずらに、奇を求めての仕業でもなければ、読者へ無関心であるということへの証明でもない。このような小説もまた若い読者たちによろこばれるのだと思っているからである。私は、いまの世の中の若い読者たちが、案外に老人であることを知っている。こんな小説くらい、なんの苦もなく受けいれて呉れるだろう。これは、希望を失った人たちの読む小説である。
「雌に就いて」太宰治(青空文庫)
末尾部(原文より)
客人の推察は、あたっていた。そのあくる日の午後に情死を行った。芸者でもない、画家でもない、私の家に奉公していたまずしき育ちの女なのだ。 女は寝返りを打ったばかりに殺された。私は死に損ねた。七年たって、私は未だに生きている。
「雌に就いて」太宰治(青空文庫)
原文を読む
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