禅僧(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
雪国の禅僧と野性の女
- 心理
- 恋愛
- 文字数
- 9,349字
- 読了目安
- 約19分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1936年3月の「作品」に載った短編。雪国の山奥の寒村を舞台に、身持ちの悪い若い禅僧と、野性そのままの農婦お綱をめぐる村の噂話を、旅人の見聞や炉端の話の形で重ねてゆく。禅僧が自ら獣と名乗り、その愚かさや執着が語られる、笑いとかなしみの入りまじった作品で、安吾の初期短編のなかでも説話のような語り口が際立つ。
あらすじ
雪国の山奥の寒村に、身持ちの悪い若い禅僧が住んでいた。禅僧は同じ村の農婦お綱に惚れる。お綱は少女のころから男たちを手玉にとったといわれる、野性そのままの女だった。ある時、村を訪れた旅人が居酒屋で二人を見かけ、お綱は旅人の部屋に押しかけて誘惑する。翌朝、旅人が温泉へ向かう山道で、頭上から大きな石が落ちてくる。駆けつけた禅僧は、お綱は初めて会った男に誰にでも色目を使うのだと熱をこめて訴える。盆踊りの夜には、お綱が一人の娘を突き倒して馬乗りになり、止めに入った若者たちとも大乱闘になる。禅僧はお綱との結婚を望み、結納金の工面のため医者に金を借りに行くが、「あの女は金のいらないだるまですぜ」と笑われる。禅僧は自分を獣と呼び、獣の方式でやりとげたいと言う。古沼のふちで腰に触れられたような気がして逃げ出す話、寺でお綱のホーゼをめぐって柱に縛られ裸にされた話など、村人の語る逸話が続く。最後は、ある年の暮れの忘年会で、芝居の最中に若者が禅僧を洒落にした言葉を投げ、禅僧は蒼白になって震え、黙りこむ。それでも翌日はけろりと今までの生活を続けていた。
登場人物
- 禅僧 雪国の寒村の若い僧。お綱に惚れ込んでいる
- お綱 野性そのままの農婦
- 医者 同じく移住者で、禅僧とほぼ同年輩
- 旅人 居酒屋でお綱と禅僧に会う旅の男
冒頭部(原文より)
雪国の山奥の寒村に若い禅僧が住んでいた。身持ちがわるく、村人の評判はいい方ではなかった。 禅僧に限らず村の知識階級は概して移住者でありすべて好色のために悪評であった。医者がそうである。医者も禅僧とほぼ同年輩の三十四五で、隣村の医者の推薦によって学校の研究室からいきなり山奥の雪国へやってきたが、ぞろりとした着流しに白足袋という風俗で、自動車の迎えがなければ往診に応じないという男、その自動車は隣字の小さな温泉場に春半から秋半の半年だけ三四台たむろしている。勿論中産以下の、順って村大半の百姓には雇えない。 農村へ旅行するなら南の方へ行くことだ。北の農家は暗さがあるばかりで、旅行者を慰めるに足る詩趣の方は数えるほどもありはしない。この山奥の農村では年に三人ぐらいずつ自殺者がある。方法は首吊りと、菱の密生した古沼へ飛び込むことの二つである。原因は食えないからというだけで、尤も時々は失恋自殺もあるのだが、後者の方は都会のそれと同じことで、村人の話題になっても陽気ではある。珍らしく一人の旅人がこの村へ来て、散歩にでたら葬式にでっくわした。
「禅僧」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
一座はシンと静まったが、禅僧は何事も叫ばなかった。叫ばないも道理、彼のくぼんだ眼玉は死人のように虚しく見開き、口はあんぐりとあけられたまま息も絶えたようであった。暫く経て数名の人が舞台へ上ってみると、禅僧は折れ釘のようなたどたどしさでお綱にまきつけた身体をほぐし、ぼんやり立ちあがると、黙って外へでてしまった。 禅僧はその夜も勿論、べつに自殺するようなことはなかった。翌日はけろりとして今迄通りの生活をつづけていたのだ。こういう姿が獣であるのは他人も無論、彼自らも先刻医者に述べているように知らない筈はなかったのである。然しながらそういう自分を意識すること、意識しながら生きつづけるということは、恐らく獣にはないことであろう。もとよりそれがどうしたというたいした理窟ではないのだ。 話を深刻めかしてはいけない。北方の山奥に雪が降ると、毎日々々と同じ炉端に集まる人達が、よもやまの話をするそういう話題のひとつである。
「禅僧」坂口安吾(青空文庫)
原文を読む
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