かげろうの日記(堀辰雄)のあらすじ・登場人物
あるかなきかの、女の日々
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 30,898字
- 読了目安
- 約1時間2分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
1937年(昭和12年)「改造」に「かげろふの日記」の題で発表された堀辰雄の作品。平安中期の女流日記「蜻蛉日記」を素材に、藤原兼家との結婚から日々を綴った作者——右大将道綱母の内面を、現代の言葉で語り直した王朝物である。「なほ物はかなきを思へば、あるかなきかの心地するかげろふの日記といふべし」という原典の一節を巻頭に掲げ、通い婚の時代における女の待つ時間、嫉妬、諦めを、堀辰雄独特の繊細な口語のうちに写しとる。続編の「ほととぎす」(1939年)や「姨捨」(1940年)へと続く、王朝物の出発点となった作品。
あらすじ
「なほ物はかなきを思へば、あるかなきかの心地するかげろふの日記といふべし」——原典のことばを掲げて、物語は始まる。語り手である「私」は、都でも指折りの貴公子であるあの方に見初められ、歌を交わし、やがて妻の一人となった。だが通い婚のならいで、あの方の訪れは間遠になり、ほかの女のもとへ通う気配は隠しようもない。待つ夜が続き、来ないと分かっていてもなお耳をそばだて、門を叩く音を空耳に聞く。やがて子が生まれ、それでも心は満たされない。嫉妬をあらわにすればみずからが醜くなり、平静を装えば内側が乾いていく。ときにあの方は乱暴な仕打ちに出るが、そうしながらかえって苦しんでいるのは彼のほうであることに、「私」は気づく。しかし当人はそれに気づこうともしない。何もかもなすがままになりながら、「私」はいつのまにか、颯爽と帰っていくあの方の後ろ姿を、胸のしめつけられる思いで見送っている自分を発見する。待たれる者と待つ者の位置は、いつしか入れかわっていたのだった。
登場人物
- 私 あの方の妻の一人。待つ日々を日記に綴る女
- あの方 都でも指折りの貴公子。通い婚のならいで訪れは間遠になる
冒頭部(原文より)
なほ物はかなきを思へば、あるかなきかの心地する かげろふの日記といふべし。 蜻蛉日記
「かげろうの日記」堀辰雄(青空文庫)
末尾部(原文より)
それからその夜は、あの方は私といつになくお心をこめてお語らいになられ出した。私はといえば、そんな事ももう別に嬉しいとは思わずに、只、何もかもすっかりあの方のなさるがままになっていた。そうしてあくる朝になって、やっと平生のいかにも颯爽としたお姿に立ち返えられながら、お帰りになって往かれようとなすっているあの方の後ろ姿を、突然、胸のしめつけられるような思いで見入りだしているのは、いつか私の番になっていた。……
「かげろうの日記」堀辰雄(青空文庫)
原文を読む
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