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金魚撩乱(岡本かの子)のあらすじ・登場人物

谷窪の池で追い求める美

  • 恋愛
  • 心理

岡本かの子 1937年(昭和12年)12月 「文学界」

文字数
34,000字
読了目安
約1時間8分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

1937年(昭和12年)10月、『中央公論』に発表された岡本かの子の小説。東京の山の手の谷窪で、金魚飼育商の復一は仔魚を拡大鏡で調べ、今年も望む金魚はできないのかと失望している。水産試験所を辞め、育った金魚屋へ戻って六年。崖の上の邸宅には、彼が思いを断ちきれない真佐子が暮らしている。金魚の色や形を求める研究と、この女性への複雑な感情が、復一の日々を占めてゆく。冒頭の谷窪には、赤土の崖、新緑、つつじ、澄んだ湧き水と濁った市中の水が細かく配され、美しい風景のなかにも対照が刻まれる。魚や草木、人の身体を豊かな色彩で描く文章が、美を作り出す仕事の手触りと、思うようにならない心を結びつける。理想を追う人間の姿を、金魚の飼育という具体的な営みから描いた作品である。

あらすじ

金魚の飼育を生業とする家に生まれた復一は、幼い頃、地主筋の令嬢・真佐子に淡い恋心を抱いていた。だが身分の隔たりゆえにその思いは口にすることも許されない。真佐子の父の援助で都会へ出て学問を修めた復一は、やがて生家の谷窪の泥池へと戻り、金魚の品種改良に打ち込むようになる。彼が求めるのは、ただ売れる金魚ではない。この世に二つとない、比類なく美しい究極の一尾を自らの手で創り出すこと――それが復一の生涯を賭けた執念となる。真佐子は嫁いで娘を育てるが、復一の恋はもはや現実の女へは向かわず、叶わぬ思慕のすべてが理想の金魚を生み出そうとする渇望へと注ぎ込まれてゆく。年ごとに孵化する無数の仔魚を選り分けては失望を繰り返し、それでも諦めきれずに彼は改良を続ける。報われぬ恋の情念と、美を創造せずにはいられぬ芸術家的な業とが一つに溶け合い、復一を狂おしいまでの追求へと駆り立てるのである。豪雨の後、丹精した親魚たちを失ったと思い、復一は古池のほとりで力尽きる。目を覚ました彼は、かつて出来損ないとして放っておいた魚たちの池に、思い描いた以上の美しい一尾を見出す。復一は感極まって泥のなかにへたり込み、美魚は多くの魚を従えて悠然と泳ぐ。艶やかな色彩と官能に満ちた筆致で、かの子は生命の讃歌と創造への渇望を鮮やかに描き出す。

冒頭部(原文より)

 今日も復一はようやく変色し始めた仔魚を一匹二匹と皿に掬い上げ、熱心に拡大鏡で眺めていたが、今年もまた失敗か――今年もまた望み通りの金魚はついに出来そうもない。そう呟いて復一は皿と拡大鏡とを縁側に抛り出し、無表情のまま仰向けにどたりとねた。  縁から見るこの谷窪の新緑は今が盛りだった。木の葉ともいえない華やかさで、梢は新緑を基調とした紅茶系統からやや紫がかった若葉の五色の染め分けを振り捌いている。それが風に揺らぐと、反射で滑らかな崖の赤土の表面が金屏風のように閃く。

「金魚撩乱」岡本かの子(青空文庫)

末尾部(原文より)

「ああ、真佐子にも、神魚華鬘之図にも似てない……それよりも……それよりも……もっと美しい金魚だ、金魚だ」  失望か、否、それ以上の喜びか、感極まった復一の体は池の畔の泥濘のなかにへたへたとへたばった。復一がいつまでもそのまま肩で息を吐き、眼を瞑っている前の水面に、今復一によって見出された新星のような美魚は多くのはした金魚を随えながら、悠揚と胸を張り、その豊麗な豪華な尾鰭を陽の光に輝かせながら撩乱として遊弋している。

「金魚撩乱」岡本かの子(青空文庫)

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