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淫者山へ乗りこむ(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

許嫁を山へ連れ出す青年

  • 恋愛

坂口安吾 1935年(昭和10年)1月 「作品」

文字数
8,906字
読了目安
約18分
表記
新字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

1935年、雑誌『作品』に載った坂口安吾の初期の短編。結婚の日取りまで決まった青年と、その許嫁の父との奇妙な神経戦から話が始まる。やがて青年は、ある決意を抱いて許嫁を武州の山中の丸太小屋へ連れ出す。「罪を求めすぎる」自意識と、贖罪へ急ぎすぎる心の動きを、語り手が少し距離を置いて説明してゆく。

あらすじ

娘の父は一代で富を築いた実業家で、豪放に見えて気が小さく、決まった婿となる青年をいつまでも試しつづける。青年は見抜かれた本心をわざとさらけ出して見せ、それが父をいっそう苦しめる。ある夜、父は酔って青年をカフェに連れ込み、女たちを相手に醜態を見せ、二人は疲れ果てる。青年は結婚に気乗りがしなくなり、友人からは「君は自分を愛しすぎている」と言われる。母は子の気持ちが遠のくのを見ても黙って見過ごす。青年はやがて、結婚の前に許嫁を犯してこそ自分の醜さを救えると思いつめ、娘を連れて武州御嶽に近い木暮山の丸太小屋へ向かう。ところが谷川を渡るとき娘を抱き上げた途端に勇気は沮喪し、小屋の中でも言葉を発せず、気おくれのまま山を歩いて帰ってしまう。それでもこの失敗のおかげで娘への情欲は確定し、二人は結婚する。その後の幸不幸は作者も知らないと語り手は言い、恋と幸福は同じものではないと結ぶ。

登場人物

冒頭部(原文より)

 その娘の父は独力相当の地位と富を築きあげた実業家でありました。外見は豪放磊落にみえるが実際は至つて気の小さな善人だつたのです。一見豪放の裏側では細かいことに気がつきすぎたり拘泥しすぎたりして結局大きいことができないたちの、相当のところまでは漕ぎつけるが一流の大立物にはなれないやうな人でありました。  娘に結婚の話がきまり相手の青年も選ばれてみると、この善良な父親は娘の許嫁にあまり試験官でありすぎた嫌ひがあつたやうです。もともと自分が選定し、自分からまつさき気に入つた青年であつたのに、さうして結婚の日取も定まつた後であるのに、青年を試す眼はいつかな休もうとしないのであります。さうして色々と青年の隠された心に気がつきました。

「淫者山へ乗りこむ」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

 この冒険の蹉跌によつて、併し娘への情慾は青年の心の中に確定しました。彼は娘の肉体を描かずに情慾を行ふことができなくなつたのです。それゆゑ青年は情念のわきたつ度にこの結婚を期待する気持を持つやうになりました。併し青年の心には尚世の中の見知らぬところに必ず清純な恋もありうることを、どうしても否定することができなかつたのは、これも詮方ない事実でありました。けれどもそのころ青年は、娘の肉体を思ひだすとき、清純な恋の存在に気おくれを感じることも少く、またその恋の必要も感じないほど激しい状態の中にありましたので、暫くのうちは万事なめらかに進んだのです。かうして二人は結婚しました。  それからの二人の生活が幸福であつたか不幸であつたか、それは作者も知りません。作者の知つてゐるわづかのことは、併しこの物語の中に於ても、青年は勿論、娘も決してとりわけ幸福でもなかつたといふことであります。もともと恋と幸福は同じものではありません。

「淫者山へ乗りこむ」坂口安吾(青空文庫)

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