聞書抄(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
盲目の塚守が慕った御台所
- 歴史
- 恋愛
- 文字数
- 76,519字
- 読了目安
- 約2時間33分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
谷崎潤一郎が1935年(昭和10年)に「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」に連載した歴史小説で、副題を「第二盲目物語」という。「盲目物語」の姉妹編にあたり、古写本「安積源太夫聞書」を考証するという凝った体裁で、関白豊臣秀次一族の粛清という秀吉治下の惨劇と、三条河原に散った御台所・一の台の局をひそかに慕いつづけた盲目の塚守・順慶の生涯を描く。実在の史書と架空の文献を織りまぜた語りに、「春琴抄」以来の「抄」もの系譜の到達点が示されている。
あらすじ
「盲目物語」を発表した作者のもとへ、近江長浜の読者から「安積源太夫聞書」と題する古写本が寄せられる。そこに伝えられていたのは、かつて石田三成に仕え、のちに故あって盲目となり、豊臣秀次一族を葬った「悪逆塚」の塚守に零落した武士の数奇な生涯であった。関ヶ原の敗戦ののち、ひそかに京へ逃れた三成の遺児の娘と乳母は、三条河原に草庵を結ぶ盲目の行者・順慶と行き会う。順慶はもと藪原と名のった武士で、若き日、関白秀次の御台所・一の台の局に伺候し、雲の上の人と知りながらその気高い面影をひそかに慕っていた。やがて太閤秀吉の勘気を蒙った秀次は高野山で自害し、一の台をはじめ妻妾子女三十余人は三条河原で次々に斬られて、一つの塚に葬られる。弓矢を捨て、琵琶をも捨てた順慶は、盲いた眼にかのおん方の幻影を宿したまま塚のかたわらに庵を結び、朝夕その菩提を弔いつづけたのだった。作者は史書の考証を織りまぜて聞書の前半を物語り、続きはいずれ「聞書後抄」として稿を改める日もあろうと記して筆を擱く。
登場人物
- 順慶 もと石田三成に仕えた武士・藪原。故あって盲目となり、秀次一族の塚守として生きる
- 一の台の局 関白秀次の御台所。菊亭家出身の気高い貴婦人。三条河原に散る
- 豊臣秀次 太閤秀吉の甥。関白の位を継ぎながら謀反の疑いをかけられ自害する
- 三成の娘 関ヶ原の敗戦後、乳母とともに京に潜む石田三成の遺児
- 安積源太夫 「聞書」の筆者と伝えられる江戸初期の武士
冒頭部(原文より)
改定史籍集覧第十三冊別記類の中に載っている豊内記と云う書は、一名を秀頼事記と云い、大坂の滅亡を見届けた高木仁右衛門入道宗夢の物語を、桑原求徳が書き集めたものであると云うが、同書上巻の一節に石田三成が嫡子隼人正重家の後日譚が見えている。
「聞書抄」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
それらの一人々々が詠んだ歌の文句、淋しいうちにも何処か花やかな感じのする装束の有様、「あはれなるかな悲しひかな、かく痛ましくあらんと兼て思ひなば、見物に出でまじき物をと、千悔の声々も多かりけり、廿餘人伐かさねければ、河水も色を変じたり」と云うその日の河原が如何にきらびやかな地獄絵巻を繰りひろげたか、―――私は実は、「聞書」が伝える順慶の直話に依ってその光景を紙上に再現し、併せて順慶が、弓矢を捨てたのみか琵琶をも捨てゝ、或る時は悔い、或る時は怒り、或る時は悟り、或る時は狂いつゝ、遂に一生かのおん方の幻影を盲いた眼から消すことが出来ず、迷いに迷って塚守になったいきさつを、もっと委しく書き記したいのであるが、それらはいずれ「聞書後抄」と題し、他日筆硯を新たにして再び稿を続ける折もあるであろう。即ち茲に物語ったところのものは、纔かに源太夫が「聞書」の前半に過ぎないのである。
「聞書抄」谷崎潤一郎(青空文庫)
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