アプリで読む

無料・登録不要

剣難女難(吉川英治)のあらすじ・登場人物

剣の道と女の誘い、若侍の遍歴

  • 歴史
  • 冒険
  • 恋愛

吉川英治 1925年(大正14年)1月 「キング」

文字数
243,750字
読了目安
約8時間8分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 京都府
  • 東京都

この作品について

吉川英治が1925年(大正14年)1月号から翌年9月号まで、講談社の大衆雑誌「キング」に連載した長編時代小説。のちに『宮本武蔵』などで国民作家となる吉川の、初期の大衆小説の代表的な一編である。丹波の小藩・福知山と隣の大藩・宮津の京極家との武芸の張り合いを発端に、武芸嫌いで絵筆ばかり握っていた若侍・春日新九郎が、兄の無念を晴らすため剣の道へ踏み出していく。題名のとおり、主人公の行く手には剣の試練と女の誘惑とが次々に立ちはだかり、丹波から京、近江、江戸、木曾へと舞台を移しながら、波瀾に富んだ道中が続く。「武名競べ血飛沫鹿の子」のような七五調の章題を連ね、講談調の歯切れよい文章で読者を引っぱっていく。

あらすじ

丹波の生田の競べ馬で、小藩の福知山は今年も隣の大藩・宮津の京極家を打ち負かした。その帰り道、福知山の納戸頭正木作左衛門の娘・千浪が、京極家の指南番大月玄蕃の差し金で若侍たちにさらわれ、福知山の剣客・春日重蔵がこれを救い出す。面目を失った京極家は両藩の剣道試合を申し入れ、桔梗河原の大試合で、福知山の衆望を担った重蔵は、玄蕃の代わりに立った稀代の剣客・鐘巻自斎に打ち倒されて、足を傷めてしまう。重蔵の弟・新九郎は、十九になっても半元服のまま絵や笛を好む武芸嫌いの若者だったが、千浪と心を通わせ、兄の無念を晴らすため剣の道を志して元服する。しかし旅に出た新九郎の前には、次々と剣の難と女の難が待ち受けていた。山奥の豪族・雨龍太郎の妾で毒婦のお延に見入られてその山荘に捕らわれ、その後もお延との因縁に悩まされ、江戸では謎めいた高貴な女性「菖蒲の寮の御方」の思いに巻きこまれる。一方、足の不自由な重蔵は、千浪とともに虚無僧に身をやつして新九郎の行方を追い、江戸の町で賭け剣術の流行を目にする。修業の志もいつしか崩れた新九郎は、酒と遊侠の暮らしに身を持ち崩し、兄に宛てて、自斎を討つ望みは捨てたが玄蕃だけは自分の手で討ち果たすと書き置いて姿を消した。弟を思う兄の死を前にして、新九郎はようやく迷いの淵から目を覚ます。やがて新九郎は大月玄蕃を討ち取ってその首を福知山家の下屋敷へ投げ込み、鐘巻自斎を破るという二度めの大望を胸に江戸を去った。三年ののち、木曾での修業を経て江戸に戻った新九郎は、将軍家の命による駒場野の御前試合で、京極家の剣客として立った自斎と立ち合い、桔梗河原から九年越しの雪辱を果たす。尼となった菖蒲の寮の御方に見送られ、兄の墓を品川の寺に残して、新九郎は千浪とともに旅立っていった。

登場人物

冒頭部(原文より)

 生田の馬場の競べ馬も終ったと見えて、群集の藺笠や市女笠などが、流れにまかす花かのように、暮れかかる夕霞の道を、城下の方へなだれて帰った。  この丹波の国の年中行事となっている生田の競馬は、福知山の主催になるものであったが、隣藩である宮津の京極丹後守、出石の仙石左京之亮などの家中からも、馬術の名人をすぐって参加させるのが慣例であった。

「剣難女難」吉川英治(青空文庫)

末尾部(原文より)

 間もなく、春日新九郎と千浪、由良の伝吉とこんがら重兵衛の四人は、数多の人々に見送られて品川寺を出立した。  昨日までの敵鐘巻自斎も、今日は途中までの道づれとなって、一行の中に豪快な笑い声を交ぜて行く――歩きながら、品川寺の裏垣の方を振り顧って、千浪は、二度三度ホロリと泪を拭いた。 「オオ、袖ヶ浦の凪にのぞんで、兄上のお墓石が見えるわ……」  と新九郎も立ち淀んでジイと眸をうるませる。  墓が見える――秋草の中に。  白い綸子に顔をつつんで、水晶の念珠を持った愛慾の墓。  かくて、その人々の過ぎた人生の街道、剣難の辻女難の追分へ、次にはどんな若い武士がさしかかるであろうか。

「剣難女難」吉川英治(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品