モーパッサンの名文
モーパッサンの作品から、よく知られた一節を集めました。
5件
ある自殺者の手記
吾々の記憶というものは、この世界などよりも遥かに完全な世界なのだ。記憶は既に生存していないものに生命をあたえるのだ。
モーパッサン『ある自殺者の手記』で、古い手紙から亡き親友の姿がよみがえる場面。記憶の力が、男を最後の決意へと追いつめてゆく。
私の拳銃はそこに、テーブルの上にのっている、――私はその引金をおこした、――諸君は断じて旧い手紙を読んではいけない!
手記の結び。七歳の自分が母に宛てた手紙にたどりついた男の、読者への最後の警告である。
狂女
死と云うやつは、一たびどこかの家へ這入ると、それから後は、もうその家の入口をすっかり心得てでもいるように、すぐまたその家を襲いたがるものらしい。
モーパッサン『狂女』で、一月のうちに父と夫と赤ん坊を亡くした女の不幸を語る一節。死を擬人化した語りが、その後の悲劇を予感させる。
僕はその見るも痛ましい白骨をしまっておくことにした。そして、僕たちの息子の時代には、二度と再び戦争などのないようにと、ひたすら僕はそれを念じている次第なのだ。
森で髑髏を見つけた語り手が、普仏戦争の記憶とともに結ぶ言葉。淡々とした語りの底に、戦争への静かな憤りがこもる。
初雪
ここまで読んで来ると、彼女は自分があんなにまで欲しがっていた煖房を、とうとう据えつけてもらうことが出来たことを知って、しみじみと嬉しい気がして、そのまま先を読むのを止めてしまった。
『初雪』の結び近く、カンヌで療養する若い妻が夫の手紙を読む場面。ささやかな喜びと、咳に苦しむ姿との対比が哀切な余韻を残す。