アプリで読む

無料・登録不要

ある自殺者の手記(モーパッサン)のあらすじ・登場人物

動機なき自殺の理由

  • 心理
  • 翻訳

モーパッサン 訳者 秋田滋 1937年(昭和12年)5月

文字数
5,769字
読了目安
約12分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

フランスの作家モーパッサンが1880年に新聞『ル・ゴーロワ』に発表し、のちに短編集『ロンドリ姉妹』(1884年)に収めた「Suicides」を、秋田滋が訳したもの(改造文庫『モオパツサン短篇集 色ざんげ 他十篇』所収)。新聞の三面記事でおなじみの「原因のわからない自殺」を枕に、そうした一人が最後の夜に書き残した手記を紹介する形をとる。手記は大きな破綻ではなく、三十年変わらない日課や見飽きた部屋の匂いへの倦怠を、一人称で淡々と綴っていく。

あらすじ

新聞には、何不足なく暮らしていた人が理由もわからずに自ら命を絶ったという記事が、毎日のように載る。世間はそうした事件に恋愛の悲劇や金銭上の失敗を探そうとするが、たいていは「不思議な」自殺として片づけられてしまう。語り手は、そんな「動機のない」自殺者の一人が、最後の夜、弾をこめたピストルを傍らに置いて書いた手記を手に入れ、それを紹介する。手記の書き手は、かつては快活な男だった。だが年を重ねるうち、三十年変わらない起床の時刻、同じ料理屋の同じ料理、見飽きた家具や部屋の匂い、会えば何を言うかわかってしまう友人たちに、深い倦怠と嫌悪を覚えるようになっていた。その夜、消化の悪さも手伝って沈みこんだ彼は、気を紛らそうと、三十年来ため込んできた机の抽斗の書類を整理しはじめる。ところが、若くして世を去った親友からの手紙、亡き母の手紙、かつて愛した女たちの思い出の品を次々と手にするうちに、彼は自分の一生を河をさかのぼるようにたどり直してしまう。最後に残ったのは、七歳の自分が母に宛てて書き取った手紙だった。源までさかのぼってしまった彼が振り返った先には、醜く淋しい老年と老衰だけが待っていた。手記は、旧い手紙を読んではいけない、という言葉で終わる。語り手は、多くの人が自殺をするのはこうした理由によるのだろうと結ぶ。

登場人物

冒頭部(原文より)

 新聞をひろげてみて次のような三面記事が出ていない日はほとんどあるまい。  水曜日から木曜日にかけての深更、某街四十番地所在の家屋に住む者は連続的に二発放たれた銃声に夢を破られた。銃声の聞えたのは何某氏の部屋だった。ドアを開けてみると借家人の某氏は、われと我が生命を断った拳銃を握ったまま全身あけに染って打倒れていた。  某氏(五七)はかなり楽な生活をしていた人で、幸福であるために必要であるものはすべて具っていたのである。何が氏をしてかかる不幸な決意をなすに到らしめたのか、原因は全く不明である。

「ある自殺者の手記」モーパッサン(青空文庫)

末尾部(原文より)

 手紙はこれだけだった。私はこれでもう河の源まで溯ってしまったのだ。私は突然自分の残生のほうを見ようとして振返ってみた。私は醜い、淋しい老年と、間近に迫っている老衰とを見た。そして、すべてはそれで終りなのだ、それで何もかもが終りなのだ! しかも私の身のまわりには誰ひとりいない!  私の拳銃はそこに、テーブルの上にのっている、――私はその引金をおこした、――諸君は断じて旧い手紙を読んではいけない!  世間の人は大きな苦悶や悲歎を探し出そうとして、自殺者の生涯をいたずらに穿鑿する。だが、多くの人が自殺をするのは、以上の手記にあるようなことに因るのであろう。

「ある自殺者の手記」モーパッサン(青空文庫)

名文

吾々の記憶というものは、この世界などよりも遥かに完全な世界なのだ。記憶は既に生存していないものに生命をあたえるのだ。

モーパッサン『ある自殺者の手記』で、古い手紙から亡き親友の姿がよみがえる場面。記憶の力が、男を最後の決意へと追いつめてゆく。

私の拳銃はそこに、テーブルの上にのっている、――私はその引金をおこした、――諸君は断じて旧い手紙を読んではいけない!

手記の結び。七歳の自分が母に宛てた手紙にたどりついた男の、読者への最後の警告である。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品