狂女(モーパッサン)のあらすじ・登場人物
寝床から起きない女
- 社会
- 翻訳
- 文字数
- 4,019字
- 読了目安
- 約8分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
モーパッサンが1882年に新聞『ル・ゴーロワ』に発表し、翌1883年の短編集『山鷸物語(Contes de la bécasse)』に収めた「La Folle」を、秋田滋が訳したもの(改造文庫『モオパツサン短篇集 初雪 他九篇』所収)。語り手のマテュー・ダントランが、山鷸の話から思い出したという普仏戦争当時の出来事を友人に語る形で書かれている。不幸が重なって十五年も床についたままの隣家の女と、町を占領したプロシア軍の将校とが向き合う、数ページの短い物語である。
あらすじ
マテュー・ダントランは、山鷸の話から思い出したという普仏戦争のころの出来事を語る。彼がコルメイユの町はずれに住んでいたころ、隣家には、二十五歳のときにわずか一か月のうちに父と夫と生まれたばかりの子を亡くし、それ以来正気を失った女が住んでいた。女は十五年ものあいだ部屋に閉じこもって寝床から起きようとせず、年老いた女中がひとり世話をしていた。十二月、プロシア軍が町を占領し、女の家には少佐を含む十二人の兵が割り当てられる。少佐は、女が一度も姿を見せないのを、敵兵には会うまいとする高慢な態度だと受け取り、寝床から出るよう命じる。女は焦点の合わない眼を向けるだけで、ひと言も答えない。翌日、なおも起きようとしない女を、少佐は兵士たちに命じて寝床ごと運び出させ、一行はイモオヴィルの森の方へ去っていった。二時間ほどして兵士たちだけが戻ってきたが、女を見た者はその後一人もいなかった。冬が過ぎて占領軍が引き上げても、ダントランは女の行方が気にかかってならない。その年の秋、森へ山鷸を撃ちに出た彼は、獲物を拾いに降りた溝で一つの髑髏を見つける。彼はそのとき、兵士たちが女を寝床に寝かせたまま寒い森に置き去りにし、女は雪に覆われて身じろぎもせず死んでいったのだと悟る。ダントランはその白骨を手もとにしまい、息子たちの時代には二度と戦争が起こらぬよう念じている。
登場人物
- マテュー・ダントラン 普仏戦争当時の出来事を語る男。当時は痛風を病んでいた
- 狂女 一か月のうちに父と夫と子を亡くし、十五年も床についたままの隣家の女
- 下婢 狂女の世話をする年老いた女中
- 少佐 女の家に宿営したプロシア軍の頑固な老将校
冒頭部(原文より)
実はねえ、とマテュー・ダントラン君が云った。――僕はその山鷸のはなしで、普仏戦争当時の挿話をひとつ思い出すんだよ。ちと陰惨なはなしなんだがね。 君は、コルメイユの町はずれに僕がもっていた地所を知っているだろう。普魯西の兵隊が押寄せて来た頃は、僕はあそこに住んでいたのだ。 その頃、僕のうちの隣りに、まあ狂女と云うのだろう、妙な女がひとり住んでいた。たび重なる不幸で頭が変になってしまったんだね。話はすこし昔にかえるが、この女は二十五の年紀に、たった一月のうちに、その父親と夫と、生れたばかりの赤ン坊を亡くしてしまったのだった。
「狂女」モーパッサン(青空文庫)
末尾部(原文より)
と、僕には何もかもが一時に腑に落ちた。それまで解くことの出来なかった謎がすらすらと解けていった。兵士たちは、あの女を蒲団に寝かせたまま、寒い、寂しい森のなかに捨てたのだ。おのれの固定観念に固執して、彼女は、厚くて軽い雪の蒲団に覆われて、手も動かさず、足も動かさず、命をただ自然に委せたのであろう。 そして群がる狼の餌食になってしまったのだ。 やがて、鳥が狂女の敷いていた破れた蒲団の羽毛で巣をつくったのであろう。 僕はその見るも痛ましい白骨をしまっておくことにした。そして、僕たちの息子の時代には、二度と再び戦争などのないようにと、ひたすら僕はそれを念じている次第なのだ。
「狂女」モーパッサン(青空文庫)
名文
死と云うやつは、一たびどこかの家へ這入ると、それから後は、もうその家の入口をすっかり心得てでもいるように、すぐまたその家を襲いたがるものらしい。
モーパッサン『狂女』で、一月のうちに父と夫と赤ん坊を亡くした女の不幸を語る一節。死を擬人化した語りが、その後の悲劇を予感させる。
僕はその見るも痛ましい白骨をしまっておくことにした。そして、僕たちの息子の時代には、二度と再び戦争などのないようにと、ひたすら僕はそれを念じている次第なのだ。
森で髑髏を見つけた語り手が、普仏戦争の記憶とともに結ぶ言葉。淡々とした語りの底に、戦争への静かな憤りがこもる。
原文を読む
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