島崎藤村の名文

島崎藤村の作品から、よく知られた一節を集めました。

13件

若菜集

まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり

「初恋」の第一連。髪を結い上げたばかりという一点で少女の年頃をとらえ、林檎畑の一場面に淡い恋を封じ込めた、近代抒情詩の原点。

藤村詩抄

小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ

「千曲川旅情の歌」の冒頭。古城跡に立つ旅人の孤独を七五調にのせ、詩人としての藤村を代表する一篇となった。

名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の實一つ 故郷の岸を離れて 汝はそも波に幾月 舊の樹は生ひや茂れる 枝はなほ影をやなせる われもまた渚を枕 孤身の浮寢の旅ぞ 實をとりて胸にあつれば 新なり流離の憂 海の日の沈むを見れば 激り落つ異郷の涙 思ひやる八重の汐々 いづれの日にか國へ歸らむ

詩「椰子の実」の全編(初出は詩集『落梅集』)。柳田国男が伊良湖岬で椰子の実が流れ着くのを見たという話をもとに書かれ、のちに曲が付けられて歌曲として広く親しまれている。

遂に、新しき詩歌の時は來りぬ。  そはうつくしき曙のごとくなりき。

四つの詩集をまとめた合本詩集の自序の書き出し。新体詩の時代の到来を曙にたとえて高らかに告げ、近代詩の幕開けを象徴する言葉として知られる。

生命は力なり。力は聲なり。聲は言葉なり。新しき言葉はすなはち新しき生涯なり。

同じ自序の一節。生命から力、声、言葉へと連鎖させ、新しい言葉を得ることが新しい生き方そのものだと説く、藤村の詩の信条。

破戒

蓮華寺では下宿を兼ねた。

説明を省き、場面だけを差し出す簡潔な第一行。出自を隠して生きる青年教師・瀬川丑松の告白へ向かう、日本自然主義文学の記念碑的長編の幕開け。

一生の秘訣とは斯の通り簡単なものであつた。『隠せ。』――戒はこの一語で尽きた。

素性を明かすなという父の戒めを丑松が思い返す場面。この一語を守るか破るかの葛藤が、告白へ向かう物語の全体を貫いている。

夜明け前

木曾路はすべて山の中である。

木曾の山中を一望に収める雄大な書き出し。幕末維新の激動を、街道と山と一人の庄屋の生涯に重ねて描く大河小説の幕開け。

当時、深い草叢の中にあるものまでが時節の到来を感じ、よりよい世の中を約束するような新しい政治を待ち受けた。

島崎藤村『夜明け前』第二部下の一節。明治の初め、名もない民までが新しい政治に希望を託した時代の空気を伝える。

円山応挙が長崎の港を描いたころの南蛮船、もしくはオランダ船なるものは、風の力によって遠洋を渡って来る三本マストの帆船であったらしい。

島崎藤村『夜明け前』第二部の書き出し。長崎港に姿を現した南蛮船・オランダ船の描写から、開国の気配が語り起こされる。

一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。

名高い書き出しに続く一文。木曾谷を貫くこの街道こそが、幕末維新の激動を山の中へ運び込む舞台となる。

「御一新がこんなことでいいのか。」

維新に理想を託した青山半蔵が、帰り道でひとり漏らす言葉。期待と現実の落差に苦しむ半蔵の心を象徴する一句。

「勝重さん、わたしもこんなところへ来てしまった。わたしは、おてんとうさまも見ずに死ぬ。」

座敷牢に入れられた晩年の青山半蔵が、弟子の勝重にもらす言葉。維新に夢を託した男の悲劇を象徴する一言。

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島崎藤村