藤村詩抄(島崎藤村)のあらすじ・登場人物
遂に、新しき詩歌の時は来りぬ
- 文字数
- 36,149字
- 読了目安
- 約1時間12分
- 表記
- 旧字旧仮名
この作品について
「若菜集」「一葉舟」「夏草」「落梅集」の四詩集から、島崎藤村自身が選んだ自選詩集。「まだあげ初めし前髪の」の初恋をはじめ、日本近代詩の出発を告げた作品が一冊にまとめられている。自序に記された「遂に、新しき詩歌の時は来りぬ。そはうつくしき曙のごとくなりき」の一節は、近代詩の誕生を告げる宣言として名高い。
あらすじ
「遂に、新しき詩歌の時は来りぬ。そはうつくしき曙のごとくなりき」——自序は、明治三十年前後の新体詩運動をふり返る有名な一節から始まる。あるものは古の預言者のごとく叫び、あるものは西の詩人のごとく呼ばわり、いずれも明光と新声と空想とに酔えるがごとくであった。うら若い想像は長い眠りから覚めて民俗の言葉を飾り、伝説はふたたび甦り、自然はふたたび新しい色を帯びた——藤村はそう書き、新しい歌びとの多くはただ穆実な青年であり、その芸術は幼稚で不完全だったが、偽りも飾りもなかったと回想する。本編には、四つの詩集からの自選作が並ぶ。「まだあげ初めし前髪の/林檎のもとに見えしとき」の「初恋」、「小諸なる古城のほとり/雲白く遊子悲しむ」の「千曲川旅情のうた」、「椰子の実」「秋風の歌」「六人の処女」——七五調の流麗な調べに乗せて、恋と旅と青春の憂愁がうたわれる。巻末近くの「縫ひかへせ」では、「縫ひかへせ縫ひかへせ/膩に染みし其袂/涙に濡れし其袂/濯げよさらば嘆かずもがな」と反復が畳みかけられ、古い夢の垢を捨てて新しい世に帰れと呼びかけて、この自選集は閉じられる。
冒頭部(原文より)
自序 若菜集、一葉舟、夏草、落梅集の四卷をまとめて合本の詩集をつくりし時に 遂に、新しき詩歌の時は來りぬ。 そはうつくしき曙のごとくなりき。あるものは古の預言者の如く叫び、あるものは西の詩人のごとくに呼ばゝり、いづれも明光と新聲と空想とに醉へるがごとくなりき。
「藤村詩抄」島崎藤村(青空文庫)
末尾部(原文より)
縫ひかへせ縫ひかへせ 薄き羽袖の蝉すらも 歌うて殼を出づる世に 濯げよさらば嘆かずもがな 縫ひかへせ縫ひかへせ 君がなげきは古りたりや とく新しき世に歸れ 濯げよさらば嘆かずもがな
「藤村詩抄」島崎藤村(青空文庫)
名文
小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ
「千曲川旅情の歌」の冒頭。古城跡に立つ旅人の孤独を七五調にのせ、詩人としての藤村を代表する一篇となった。
名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の實一つ 故郷の岸を離れて 汝はそも波に幾月 舊の樹は生ひや茂れる 枝はなほ影をやなせる われもまた渚を枕 孤身の浮寢の旅ぞ 實をとりて胸にあつれば 新なり流離の憂 海の日の沈むを見れば 激り落つ異郷の涙 思ひやる八重の汐々 いづれの日にか國へ歸らむ
詩「椰子の実」の全編(初出は詩集『落梅集』)。柳田国男が伊良湖岬で椰子の実が流れ着くのを見たという話をもとに書かれ、のちに曲が付けられて歌曲として広く親しまれている。
遂に、新しき詩歌の時は來りぬ。 そはうつくしき曙のごとくなりき。
四つの詩集をまとめた合本詩集の自序の書き出し。新体詩の時代の到来を曙にたとえて高らかに告げ、近代詩の幕開けを象徴する言葉として知られる。
生命は力なり。力は聲なり。聲は言葉なり。新しき言葉はすなはち新しき生涯なり。
同じ自序の一節。生命から力、声、言葉へと連鎖させ、新しい言葉を得ることが新しい生き方そのものだと説く、藤村の詩の信条。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。