ダダイズムとは

分類
文芸思潮
読み
だだいずむ

第一次世界大戦さなかの1916年、スイスのチューリッヒに開かれたキャバレー・ヴォルテールで、トリスタン・ツァラやフーゴ・バルらが始めた前衛芸術運動。「ダダ」という意味をもたない語を旗印に、戦争を生んだ近代の理性と既成の芸術・価値をことごとく否定し、偶然や無意味、破壊的な言葉の実験によって表現を解き放とうとした。運動はベルリンやパリへ広がり、のちのシュルレアリスムを準備した。日本では大正9年(1920年)に新聞「万朝報」の記事などで紹介され、これを読んで衝撃を受けた高橋新吉がダダイストを名乗って詩作を始めた。新吉に触発された辻潤もダダイストを称し、辻の編集で刊行された『ダダイスト新吉の詩』(大正12年)が日本のダダの記念碑となる。同年創刊の詩誌「赤と黒」に加わった萩原恭次郎は、活字の組み方まで破壊的に用いた詩集『死刑宣告』(大正14年)を出した。京都の立命館中学に在学していた中原中也も、大正12年の秋に古書店で『ダダイスト新吉の詩』に出会ってダダ風の詩を書き始め、翌年からは富永太郎を通じてフランス象徴詩を知った。第一詩集『山羊の歌』(昭和9年)にも、そのダダの洗礼の跡がうかがえる。日本のダダは数年で下火になったが、その反逆の精神はアナーキズムの詩や昭和初期の前衛詩に受け継がれた。

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