風雅和歌集とは
- 分類
- 形式・ジャンル
- 読み
- ふうがわかしゅう
十七番目の勅撰和歌集。北朝の光厳院がみずから撰び(親撰)、叔父の花園院が監修にあたった。両院は持明院統の上皇で、京極為兼の歌風を受け継ぐ京極派の歌人である。康永2年(1343年)に室町幕府へ撰集のことをはかって翌年に着手し、貞和2年(1346年)には、花園院が書いた仮名序・真名序と春の巻が成ったところで竟宴が開かれた。その後も撰歌は続き、花園院は貞和4年(1348年)に完成を見ずに没した。全体の完成は貞和5年(1349年)ごろとされる。全20巻に約2200首を収める。京極為兼の『玉葉和歌集』の歌風を受け継ぐ唯一の勅撰集で、伏見院・永福門院・花園院・光厳院・為兼ら京極派の歌人の歌を多く採る。二条派の形式的な技巧を退け、自然の光や音のかすかな変化を感覚的にとらえる歌や、静かに心の内を見つめる歌に特色があり、『玉葉和歌集』よりもさらに繊細で閑寂な趣を深めたとされる。藤原定家・藤原俊成・紀貫之ら古い時代の歌人の歌も多く採られている。成立の数年後、観応の擾乱のさなかに光厳院が南朝方に連れ去られると京極派は衰え、以後の勅撰集はおおむね二条派の流れのなかで編まれた。
関連する用語
- 玉葉和歌集 形式・ジャンル
- 二条派・京極派 結社・団体
- 勅撰和歌集 形式・ジャンル
- 十三代集・二十一代集 その他