十三代集・二十一代集とは
- 分類
- その他
- 読み
- じゅうさんだいしゅうにじゅういちだいしゅう
勅撰和歌集の区分の呼び名。延喜5年(905年)の『古今和歌集』から永享11年(1439年)の『新続古今和歌集』まで、およそ五百三十年のあいだに編まれた二十一の勅撰集を二十一代集といい、そのうち八代集に続く第九の『新勅撰和歌集』から最後の『新続古今和歌集』までの十三集を十三代集という。十三代集は順に『新勅撰』『続後撰』『続古今』『続拾遺』『新後撰』『玉葉』『続千載』『続後拾遺』『風雅』『新千載』『新拾遺』『新後拾遺』『新続古今』の各和歌集で、鎌倉時代に八集、南北朝時代に四集、室町時代に一集が成った。京極派が編んだ『玉葉』『風雅』の二集を除けば、多くは御子左家とその嫡流の二条家が撰を主導し、平明な歌風を基調とした。最後の『新続古今和歌集』は、将軍足利義教の執奏により後花園天皇が永享5年(1433年)に命じ、飛鳥井雅世が撰んだもので、一条兼良が仮名序・真名序を書いている。寛正6年(1465年)には飛鳥井雅親を撰者として次の勅撰集が企てられたが、応仁の乱によって中断し、以後、勅撰集が編まれることはなかった。『小倉百人一首』には、十三代集のうち『新勅撰和歌集』から4首、『続後撰和歌集』から2首が採られている。