玉葉和歌集とは

分類
形式・ジャンル
読み
ぎょくようわかしゅう

十四番目の勅撰和歌集。伏見院の院宣により京極為兼が撰び、正和元年(1312年)に奏覧した。全20巻に約2800首を収め、二十一代集のなかで最も歌数が多い。藤原定家の曾孫にあたる為兼は、持明院統の伏見院に重んじられ、伝統を重んじる二条家の二条為世と歌の道の主導権を争っていた。伏見院は永仁元年(1293年)にも撰集を企てたが、撰定の方針をめぐる両者の対立や、永仁6年(1298年)の為兼の佐渡配流によって中絶した。撰者の座をめぐる為世との論争は『延慶両卿訴陳状』に残されている。応長元年(1311年)にあらためて為兼一人に撰集が命じられ、本集が成った。『万葉集』の歌や新古今時代の歌人の歌を多く採る一方、伏見院・永福門院・為兼ら京極派の歌人の歌を大きく取り上げている。とくに、光や影の移ろいを時間の流れのなかで細やかにとらえる叙景歌や、心の動きを見つめる恋歌に新しい境地を開いた。その清新な歌風は二条派から非難され、後世も長く異端視されたが、近年になって再評価が進んでいる。為兼は本集の完成から数年後に再び失脚し、土佐へ流された。歌風を受け継ぐ勅撰集は、のちの『風雅和歌集』だけである。

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