低徊趣味とは

分類
その他
読み
ていかいしゅみ

一つの事物に心をとどめ、あちらこちらから眺めては味わって、容易に立ち去りかねるような趣味。夏目漱石が、高浜虚子の短編集『鶏頭』(明治41年1月刊)に寄せた序文で、自ら「便宜の為め余の製造した言語」と断って用いた。漱石はこの序で天下の小説を「余裕のある小説」と「余裕のない小説」に分け、生死に関わるような切迫した事件を描かず、日常の些事を楽しみ、観察し、味わう前者の価値を説いた。低徊趣味は、こうした余裕から生まれ、筋の進行よりも一つの場面に佇む興趣を指す。虚子の『風流懺法』や『斑鳩物語』について、物語の成り行きよりも、奈良の春の宿に梭の音が聞こえるといった光景に耽ることを楽しまなければ面白くない、と評したのがその例である。人情の世界から一歩退いて美を眺める『草枕』(明治39年)の「非人情」とも通じ合う漱石初期の文学観であり、自然主義に対して漱石らを「余裕派」と呼ぶ文学史上の呼び名も、この「余裕」の語に由来するとされる。

関連する用語

この用語に関わる作品

この用語に関わる作家