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雨情民謡百篇(野口雨情)のあらすじ・登場人物

民謡は郷土の詩だと言い切る

野口雨情 1924年(大正13年)7月

文字数
8,390字
読了目安
約17分
表記
新字旧仮名

この作品について

野口雨情の民謡詩集。1924年(大正13)7月刊。『枯草』以後の作と未発表作を加えて百篇とし、二十数年の詩の歩みの記録として編んだもの。巻頭の自序で「民謡は民族が有する唯一の郷土詩である」と述べる。「紅殻とんぼ」「橋の上」「二十三夜」「門司にて」「波浮の港」など、七五調の民謡と自由な口語の詩が混在する。

あらすじ

自序は、民謡は草土の詩人によって歌われる純情の芸術だと述べ、本書は自選集ではなく、自分が二十数年歩んできた道程の記録だと断る。最初の「紅殻とんぼ」は、裏へ出るととんぼが釣瓶に止まり、赤い帯を締めて来るとうたう。「捨てた葱」は、捨てれば葱もしおれて枯れ、「お天道さま見て 俺泣いた」と結ぶ。「門司にて」では、九州の土の色もおぼろ月夜のように明るく、人の顔も明るい、それなのに遠い常陸のふるさとはなぜ暗いのかと思う。巻末近くには、大陸の人を思わせる劉さんに別れを告げる娘の独白のような一篇もある。

冒頭部(原文より)

 民謡は民族が有する唯一の郷土詩である。郷土詩を無視して民謡の存在はない。民謡は草土の詩人によつてうたはれる、純情芸術である。  本書は「かれくさ」(明治三十八年発行)以後の小著中より採録した作品と未発表の作品とを加へて百篇としたが必ずしも自選集の意味ではない、自分が二十数年間辿つて来た道程の記録である。

「雨情民謡百篇」野口雨情(青空文庫)

末尾部(原文より)

     娘 薄情な 薄情な 劉さん 思ひ切つて――悲しいけれど捨てませう ベンチの上に青青と月がさしたら泣くでせう わたしの顔をきつと眺めて泣くでせう 劉さん 劉さん その時のわたしの心はどんなでせう

「雨情民謡百篇」野口雨情(青空文庫)

名文

民謡は民族が有する唯一の郷土詩である。郷土詩を無視して民謡の存在はない。民謡は草土の詩人によつてうたはれる、純情芸術である。

『雨情民謡百篇』の序文の冒頭。民謡は草土の詩人によって歌われる、純情の芸術だと説く。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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