三木清の生涯と代表作
人生をノートに
- 生没
- 1897–1945
- 出身
- 兵庫県
- Wikipedia
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略歴
1897年(明治30年)、兵庫県揖保郡の農家に生まれる。京都帝国大学で西田幾多郎に学び、ドイツに留学してハイデガーに師事、パリでパスカル研究に打ちこんだ。帰国後は法政大学教授となり、マルクス主義と実存哲学を独自に総合した「人間学」を構想して、昭和の思想界に大きな影響を与えた。難解な哲学の言葉を離れ、幸福・孤独・虚栄・死といった主題を平明な随想として綴った「人生論ノート」は、戦中戦後を通じて広く読まれつづけている。治安維持法違反者をかくまった容疑で検挙され、敗戦から一か月余りのちの1945年(昭和20年)9月、豊多摩拘置所で48歳の生涯を閉じた。「構想力の論理」では、神話や制度、技術などを通じて人間が形を作り出す働きを考察した。西田から学びながらも歴史や社会の現実へ問いを広げ、専門的な研究と一般読者へ向けた評論・随筆の双方に取り組んだ。