米川正夫の生涯と代表作
ドストエフスキーを訳し尽くす
- 生没
- 1891–1965
- 出身
- 岡山県
- Wikipedia
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略歴
1891年(明治24年)、岡山県高梁町に生まれる。中学時代に二葉亭四迷訳のツルゲーネフ『片恋』を愛読してロシア語を志し、東京外国語学校ロシヤ語科を首席で卒業。在学中に級友の中村白葉らと雑誌『露西亜文学』を創刊して翻訳を始めた。1914年の『白痴』を皮切りに、1935年の『罪と罰』でドストエフスキーの後期五大長編をすべて訳了。陸軍大学校のロシア語教官、戦後は早稲田大学教授を務め、トルストイ全集の個人全訳も刊行した。1953年、個人全訳『ドストエーフスキイ全集』で読売文学賞を受賞。1965年(昭和40年)、74歳で死去。
翻訳・現代語訳
- クリスマスと結婚式 1848年1月
- 正直な泥棒 1848年1月
- 罪と罰 1866年1月
- クロイツェル・ソナタ 1928年(昭和3年)9月
- 地下生活者の手記