正岡子規の名文

正岡子規の作品から、よく知られた一節を集めました。

8件

歌よみに与ふる書

貫之は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候。

古今集を至上としてきた歌壇へ真っ向から斬り込んだ一句。この宣言から子規の短歌革新が始まった。

再び歌よみに与ふる書

貫之は下手な歌よみにて古今集はくだらぬ集に有之候。

正岡子規『再び歌よみに与ふる書』(1898年)の書き出し。千年近く和歌の手本とされてきた紀貫之と『古今集』を、一文で切り捨てる。この挑発的な一行から、写生を軸にした短歌革新の論争が始まった。

墨汁一滴

瓶にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり

病床の子規が机上に活けた藤を詠んだ連作の一首目。短い花房が畳に届かないという見たままの事実だけを写して、臥したまま動けない病者のまなざしを伝える、写生の歌の代表作。

吾以為へらく両者の短歌全く標準を異にす、鉄幹是ならば子規非なり、子規是ならば鉄幹非なり、鉄幹と子規とは並称すべき者にあらずと。

与謝野鉄幹と並べて論じられたことへの反論。二人の短歌は基準がまったく違い、一方が正しければ他方は誤りだと言い切って、写生を掲げる子規の立場を鮮明にする。

いちはつの花咲きいでゝ我目には今年ばかりの春行かんとす

死の前年の春、「しひて筆を取りて」と記して詠んだ連作の一首。咲き出たいちはつの花を前に、自分にとってはこれが最後の春だと静かに見送る。

病牀六尺

病床六尺、これが我世界である。

死の床から新聞に書き継いだ随筆の書き出し。わずか六尺の病床を「我世界」と見据える、子規の凄絶な覚悟。

余は今まで禅宗のいはゆる悟りといふ事を誤解して居た。悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であつた。

死の床から書き継いだ随筆の一節。悟りとは平気で死ぬことではなく平気で生きることだと言い直した、子規の到達点として名高い。

理想といふやつは一呼吸に屋根の上に飛び上らうとしてかへつて池の中に落ち込むやうな事が多い。写生は平淡である代りに、さる仕損ひはないのである。

写生の意義を説いた一節。理想を、一息に屋根へ飛び上がろうとして池に落ちる者にたとえ、平淡な写生の確かさを説く。子規の文学観がわかりやすく示されている。

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正岡子規