墨汁一滴(正岡子規)のあらすじ・登場人物
病牀に一滴ずつ綴る感懐
- 文字数
- 76,461字
- 読了目安
- 約2時間33分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
正岡子規が1901年(明治34年)、新聞「日本」に連載した日記体の随筆。脊椎カリエスに苦しみ病牀に釘づけとなった子規が、その日その日の感懐を、短いものは一滴の墨のように書きとめていく。俳句や短歌の批評、俳友との交わり、草花や食べ物への尽きぬ愛着、身動きもままならぬ病苦の訴え、そして死を見据えた省察までが、飾らない筆でつづられる。翌年の絶筆「病牀六尺」へと続く、子規晩年の病牀文学の名品である。
あらすじ
脊椎カリエスのために病牀に釘づけとなった正岡子規が、来る日も来る日も、その日その日の感懐を、短いものは一滴の墨のように書きとめていく日記体の随筆である。寒暖計に輪飾りをくくりつけて新年をことほぐ枕辺の情景に始まり、俳句や短歌をめぐる鋭い批評、根岸に集う俳友たちとの交わり、庭の草花や食べ物へのつきない愛着、そして身動きもままならぬ病苦の訴えまでが、飾らない筆で日々つづられていく。時に俳論・歌論を熱く説き、時に蚊帳のなかで痛みにわめく生身の姿をさらけ出しながら、子規は最後まで、澄んだ観察の眼と、生きることへの旺盛な意欲とを失わない。病に伏してなお衰えぬ知的好奇心と、生への執着とがにじむこれらの断章は、翌年の絶筆「病牀六尺」へと続く、子規晩年の病牀文学の名品である。
冒頭部(原文より)
病める枕辺に巻紙状袋など入れたる箱あり、その上に寒暖計を置けり。その寒暖計に小き輪飾をくくりつけたるは病中いささか新年をことほぐの心ながら歯朶の枝の左右にひろごりたるさまもいとめでたし。その下に橙を置き橙に並びてそれと同じ大きさほどの地球儀を据ゑたり。この地球儀は二十世紀の年玉なりとて鼠骨の贈りくれたるなり。
「墨汁一滴」正岡子規(青空文庫)
末尾部(原文より)
鮓の俳句をつくる人には訳も知らずに「鮓桶」「鮓圧す」などいふ人多し。昔の鮓は鮎鮓などなりしならん。それは鮎を飯の中に入れ酢をかけたるを桶の中に入れておもしを置く。かくて一日二日長きは七日もその余も経て始めて食ふべくなる、これを「なる」といふ。今でも処によりてこの風残りたり。鮒鮓も同じ事なるべし。余の郷里にて小鯛、鰺、鯔など海魚を用ゐるは海国の故なり。今の普通の握り鮓ちらし鮓などはまことは雑なるべし。(七月二日)
「墨汁一滴」正岡子規(青空文庫)
名文
瓶にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり
病床の子規が机上に活けた藤を詠んだ連作の一首目。短い花房が畳に届かないという見たままの事実だけを写して、臥したまま動けない病者のまなざしを伝える、写生の歌の代表作。
吾以為へらく両者の短歌全く標準を異にす、鉄幹是ならば子規非なり、子規是ならば鉄幹非なり、鉄幹と子規とは並称すべき者にあらずと。
与謝野鉄幹と並べて論じられたことへの反論。二人の短歌は基準がまったく違い、一方が正しければ他方は誤りだと言い切って、写生を掲げる子規の立場を鮮明にする。
いちはつの花咲きいでゝ我目には今年ばかりの春行かんとす
死の前年の春、「しひて筆を取りて」と記して詠んだ連作の一首。咲き出たいちはつの花を前に、自分にとってはこれが最後の春だと静かに見送る。
原文を読む
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