俳人蕪村(正岡子規)のあらすじ・登場人物
蕪村を発見し直した子規の俳論
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- 26,242字
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- 約52分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
芭蕉ばかりが偶像化されていた明治の俳壇で、与謝蕪村の句の優れた点を示し、蕪村を再評価する契機となった正岡子規の評論。蕪村の句を多く挙げ、その特色を論じる。蕪村が近代俳句の源流として読まれる出発点にあたる文章。
あらすじ
緒言で子規は、芭蕉が俳句界を開いて以来二百年、人々が芭蕉を尊崇するあまり、並ぶ者のない俳人と認められてきた状況を述べ、「芭蕉は実に敵手なきか。曰く、否」と問う。芭蕉の創造の功は認めつつ、蕪村こそ芭蕉と比べても劣らぬ俳人だとして論を進める。以下、蕪村の句を数多く引いて、その句の特色を観点を分けて論じ、壮大さや雄渾さ、絵画的な鮮明さを備える句風を示す。終わりに蕪村の門人たちを挙げ、蕪村派の俳諧が几董の没後に絶えたことを惜しんで、明治29年に草稿を書き、32年に訂正したと記して閉じる。
冒頭部(原文より)
緒言 芭蕉新に俳句界を開きしよりここに二百年、その間出づる所の俳人少からず。あるいは芭蕉を祖述し、あるいは檀林を主張し、あるいは別に門戸を開く。しかれどもその芭蕉を尊崇するに至りては衆口一斉に出づるが如く、檀林等流派を異にする者もなほ芭蕉を排斥せず、かへつて芭蕉の句を取りて自家俳句集中に加ふるを見る。是においてか芭蕉は無比無類の俳人として認められ、復一人のこれに匹敵する者あるを見ざるの有様なりき。芭蕉は実に敵手なきか。曰く、否。
「俳人蕪村」正岡子規(青空文庫)
末尾部(原文より)
蕪村の俳諧を学びし者月居、月渓、召波、几圭、維駒等皆師の調を学びしかども、独りその堂に上りし者を几董とす。几董は師号を継ぎ三世夜半亭を称ふ。惜むべし、彼れ蕪村歿後数年ならずしてまた歿し、蕪村派の俳諧茲に全く絶ゆ。 明治廿九年草稿 明治卅二年訂正 (明治三十年四月十三日―十一月二十九日)
「俳人蕪村」正岡子規(青空文庫)
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