小園の記(正岡子規)のあらすじ・登場人物
二十坪の庭に見る四季
- 文字数
- 2,338字
- 読了目安
- 約5分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
病床から出られなくなった正岡子規が、二十坪ばかりの自宅の庭の草木と季節の移ろいを描いた随筆。薔薇や白菊、萩、鶏頭など、人から贈られた植物が少しずつ庭をにぎやかにしていくさまを追う。庭が世界のすべてとなった子規の、静かな観察眼を伝える。
あらすじ
文は「我に二十坪の小園あり」と始まる。上野の杉を垣の外に望む南の庭は、はじめ竹藪を開いた跡の裸の庭で、家主が小松三本を植え、隣の老婆から薔薇の苗をもらって、少しずつ花が咲くようになった。従軍して帰途に病を得、半年ののち秋に家へ戻ると、白菊がねじくれて咲き乱れる庭があり、助かった命を思って「三逕就荒」と口ずさみ涙ぐむ。その後、病が重くなって門を出られなくなった子規にとって、この庭が全世界となった。薔薇、萩、芒、桔梗、鶏頭などが、人から贈られ、あるいは植えられて、季節ごとの花をつける。隣の老婆はのちに他所へ移り、この秋、亡くなったと聞いたという。結びは「ごて/\と草花植ゑし小庭かな」の句。
冒頭部(原文より)
我に二十坪の小園あり。園は家の南にありて上野の杉を垣の外に控へたり。場末の家まばらに建てられたれば青空は庭の外に拡がりて雲行き鳥翔る様もいとゆたかに眺めらる。始めてこゝに移りし頃は僅に竹藪を開きたる跡とおぼしく草も木も無き裸の庭なりしを、やがて家主なる人の小松三本を栽ゑて稍物めかしたるに、隣の老媼の与へたる薔薇の苗さへ植ゑ添へて四五輪の花に吟興を鼓せらるゝことも多かりき。一年軍に従ひて金州に渡りしが其帰途病を得て須磨に故郷に思はぬ日を費し半年を経て家に帰り着きし時は秋まさに暮れんとする頃なり。庭の面去年よりは遥にさびまさりて白菊の一もと二もとねぢくれて咲き乱れたる、此景に対して静かにきのふを思へば万感そゞろに胸に塞がり、からき命を助かりて帰りし身の衰へは只此うれしさに勝たれて思はず三逕就荒と口ずさむも涙がちなり。ありふれたる此花、狭くるしき此庭が斯く迄人を感ぜしめんとは曾て思ひよらざりき。況して此より後病いよ/\つのりて足立たず門を出づる能はざるに至りし今小園は余が天地にして草花は余が唯一の詩料となりぬ。余をして幾何か獄窓に呻吟するにまさると思はしむる者は此十歩の地と数種の芳葩とあるがために外ならず。つぐの年、春暖漸く催うして鳥の声いとうらゝかに聞えしある日病の窓を開きて端近くにじり出で読書に労れたる目を遊ばすに、いき/\たる草木の生気は手のひら程の中にも動きて、まだ薄寒き風のひや/\と病衣の隙を侵すもいと心地よく覚ゆ。これも隣の嫗よりもらひしといふ萩の刈株寸ばかりの緑をふいてたくましき勢は秋の色も思はる。真昼過より夕影椎の樹に落つる迄何を見るともなく酔ふたるが如く労れたるが如くうつとりとして日を暮らすことさへ多かり。
「小園の記」正岡子規(青空文庫)
末尾部(原文より)
去年の春彼岸やゝ過ぎし頃と覚ゆ、鴎外漁史より草花の種幾袋贈られしを直に播きつけしが百日草の外は何も生えずしてやみぬ。中にも葉鶏頭をほしかりしをいと口をしく思ひしが何とかしけん今年夏の頃、怪しき芽をあらはしゝ者あり。去年葉鶏頭の種を埋めしあたりなれば必定それなめりと竹を立てゝ大事に育てしに果して二葉より赤き色を見せぬ。嬉しくてあたりの昼照草など引きのけやう/\尺余りになりし頃野分荒れしかばこればかり気遣ひしに、思ひの外に萩は折れて葉鶏頭は少し傾きしばかりなり。扶け起して竹杖にしばりなどせしかば恙なくて今は二尺ばかりになりぬ。痩せてよろ/\としながら猶燃ゆるが如き紅、しだれていとうつくし。二三日ありて向ひの家より貰ひ来たりとて肥え太りたる鶏頭四本ばかり植ゑ添へたり。そのつぐの日なりけん。朝まだきに裏戸を叩く声あり。戸を開けば不折子が大きなる葉鶏頭一本引きさげて来りしなりけり。朝霧に濡れつゝ手づから植ゑて去りぬ。鶏頭、葉鶏頭、かゝやくばかりはなやかなる秋に押されて萩ははや散りがちなりしもあはれ深し。薔薇、萩、芒、桔梗などをうちくれて余が小楽地の創造に力ありし隣の老嫗は其後移りて他にありしが今年秋風にさきだちてみまかりしとぞ聞えし。 ごて/\と草花植ゑし小庭かな
「小園の記」正岡子規(青空文庫)
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