アプリで読む

無料・登録不要

歌よみに与ふる書(正岡子規)のあらすじ・登場人物

「貫之は下手な歌よみ」短歌革新

正岡子規 1898年(明治31年)2月 「日本」

文字数
17,450字
読了目安
約35分
表記
新字新仮名

この作品について

1898年2〜3月、新聞「日本」とその附録週報に十回にわたって発表された正岡子規の歌論。手紙の形を取り、源実朝や『万葉集』を高く評価する一方、長く尊ばれてきた紀貫之や『古今集』には鋭い批判を向ける。ただ古い権威を否定するだけでなく、個々の歌を挙げ、どの言葉や調子がよく、どこに無理があるのかを具体的に論じる点が面白い。かつては自分も『古今集』を崇拝していたと語り、今の見方に至る変化も隠さない。年齢や地位と歌の良し悪しを切り離し、言葉のしきたりより、感じた美をどう伝えるかを重んじてゆく。牡丹を古風な別名で呼ぶ必要はあるか、汽車を歌に取り入れるならどう配置するか。身近な例を通じて、批評が作歌の実践へ接続する。候文の丁寧な形と歯に衣着せぬ言い分との取り合わせも魅力で、子規の短歌革新の考えを、作品の読み比べからたどれる一編である。

あらすじ

「仰のごとく近来和歌は一向に振い不申候」と書き起こされる、十通の書簡体の歌論。子規はまず源実朝を「自己の本領屹然として山岳と高きを争い日月と光を競う」第一流の歌人と称揚し、返す刀で「貫之は下手な歌よみにて古今集はくだらぬ集に有之候」と、千年にわたる権威を真っ向から否定する。歌よみの世界がいかに狭い因習に閉じこもり、月並みな理屈と縁語で歌を殺してきたか。子規は実例の歌を一首一首取り上げて具体的に優劣を論じ、雅語も俗語も漢語も洋語も、美感を現すのに適していればすべて歌の言葉たりうると説く。汽車や鉄道のような文明の器械を詠むときの配合の工夫といった実践的な助言に至るまで、論はあくまで具体に即して進められる。短歌を旧派の手から解き放ち、写生と実感に基づく新しい歌へ——根岸の病床から放たれたこの檄文は、伊藤左千夫や長塚節らを短歌の道へ導き、アララギ派を経て近代短歌の源流となった。

冒頭部(原文より)

仰のごとく近来和歌は一向に振い不申候。正直に申し候えば『万葉』以来、実朝以来、一向に振い不申候。実朝という人は三十にも足らでいざこれからというところにてあえなき最期を遂げられまことに残念致し候。

「歌よみに与ふる書」正岡子規(青空文庫)

末尾部(原文より)

また殺風景なるものは遠望する方宜しく候。菜の花の向うに汽車が見ゆるとか、夏草の野末を汽車が走るとかするがごときも殺風景を消す一手段かと存候。  いろいろ言いたきまま取り集めて申上候。なお他日詳かに申上ぐる機会も可有之候。以上。

「歌よみに与ふる書」正岡子規(青空文庫)

名文

貫之は下手な歌よみにて『古今集』はくだらぬ集に有之候。

古今集を至上としてきた歌壇へ真っ向から斬り込んだ一句。この宣言から子規の短歌革新が始まった。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品