与謝野晶子の名文
与謝野晶子の作品から、よく知られた一節を集めました。
12件
みだれ髪
やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君
若い肌のぬくもりを知らぬまま道徳を説く相手へ投げかけた一首。旧来の倫理に真正面から挑んだ、明星派の情熱を象徴する歌。
その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな
二十歳の娘の、櫛を通せば流れるような黒髪に誇らしい青春の美しさを見る歌。若さと自らの美を大胆に肯定する、『みだれ髪』を代表する一首。
清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき
桜の咲く月夜、京都の祇園を抜けて清水へ向かう道すがらを詠む歌。恋の喜びに満ちた心には、すれ違う人すべてが美しく見える。
なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな
『みだれ髪』の一首。なんとなくあなたに待たれている気がして出てみた花野に、夕月がかかっている。恋の予感を秋の野の情景に溶かし込んだ、晶子の代表歌の一つ。
春三月柱おかぬ琴に音たてぬふれしそぞろの宵の乱れ髪
歌集の題名にもつながる「乱れ髪」を詠み込んだ一首。琴柱を立てていない琴が、ふと触れた乱れ髪に鳴る——春の宵のなまめかしさを、音の感触で描く。
恋衣
あゝをとうとよ、君を泣く、 君死にたまふことなかれ、 末に生れし君なれば 親のなさけはまさりしも、 親は刃をにぎらせて 人を殺せとをしへしや、 人を殺して死ねよとて 二十四までをそだてしや。
日露戦争に出征した弟を思って詠んだ与謝野晶子の長詩の冒頭。1904年に雑誌『明星』に発表され、戦争批判として大きな議論を呼んだ。
君死にたまふことなかれ、 すめらみことは、戦ひに おほみづからは出でまさね、 かたみに人の血を流し、 獣の道に死ねよとは、 死ぬるを人のほまれとは、 大みこゝろの深ければ もとよりいかで思されむ。
「すめらみこと」(天皇)は戦場に出ず、人に殺し合いを命じるはずがない——と語る第三連。当時としては大胆な表現が批判も招いた。
そぞろごと
わが歌の短ければ、 言葉を省くと人おもへり。 わが歌に省くべきもの無かりき。 また何を附け足さん。 わが心は魚ならねば鰓を有たず、 ただ一息にこそ歌ふなれ。
与謝野晶子「そぞろごと」(1911年)の一篇。短歌が短いのは言葉を削ったからではない、心が一息に歌うからだと言い切る。魚の鰓を引き合いに出す奇抜な比喩が、歌人の自負を鮮やかにする。
われは愛づ。新しき薄手の玻璃の鉢を。 水もこれに湛ふれば涙と流れ。 花もこれに投げ入るれば火とぞ燃ゆる。
与謝野晶子「そぞろごと」(1911年)より。薄いガラスの鉢に水を張れば涙に、花を挿せば炎に見えると歌う。続く行で粗忽な男の手に砕かれることを恐れ、壊れやすい女の心を玻璃の鉢に託している。
晶子詩篇全集
ああ、弟よ、君を泣く、 君死にたまふことなかれ。 末に生れし君なれば 親のなさけは勝りしも、 親は刄をにぎらせて 人を殺せと教へしや、 人を殺して死ねよとて 廿四までを育てしや。
日露戦争の旅順に出征した弟へ呼びかけた詩の第一連。「人を殺せと教へしや」と問いを立て、時勢に抗した名高い一篇。
山の動く日きたる、 かく云へど、人これを信ぜじ。 山はしばらく眠りしのみ、 その昔、彼等みな火に燃えて動きしを。 されど、そは信ぜずともよし、 人よ、ああ、唯だこれを信ぜよ、 すべて眠りし女、 今ぞ目覚めて動くなる。
1911年、平塚らいてうらが創刊した雑誌「青鞜」の創刊号に寄せた連作詩「そぞろごと」の冒頭部分。眠っていた女性たちが目覚めて動き出す日を山にたとえ、女性解放の宣言として今も引かれる。
一人称にてのみ物書かばや、 我は寂しき片隅の女ぞ。 一人称にてのみ物書かばや、 我は、我は。
「山の動く日」に続く連作詩「そぞろごと」の一篇。一人称でのみ書きたいという願いに、自分の言葉で自分を語ろうとする女性の自立の意志が表れている。