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そぞろごと(与謝野晶子)のあらすじ・登場人物

山の動く日来る

与謝野晶子 1911年(明治44年)9月 「青鞜」

文字数
1,093字
読了目安
約2分
表記
旧字旧仮名

この作品について

与謝野晶子が、雑誌『青鞜』の創刊号(1911年9月)に寄せた詩。冒頭の「山の動く日来る」の一節で広く知られ、女性が自らの声で語り始める時代の到来を力強く宣言する。

あらすじ

詩は「○」で区切られた断章からなる。冒頭は「山の動く日来る。/かく云へども人われを信ぜじ。」と宣言する。山はしばらく眠っていただけで、昔は皆火に燃えて動いたのだから、すべて眠っていた女が今目覚めて動くのだと言い切る。次の断章では「一人称にてのみ物書かばや。われは女ぞ。」と、自分を主語にして語りたい願いを繰り返す。以下、湯瀧に打たれる心地、新しい薄手の玻璃の鉢の比喩、夏の夜の雨漏りと眠る子の歯ぎしりのなかで芥に流れ寄る月見草のような自分の姿など、女性の内面と生活が、強い比喩で歌われる。

冒頭部(原文より)

  ○ 山の動く日來る。 かく云へども人われを信ぜじ。 山は姑く眠りしのみ。 その昔に於て 山は皆火に燃えて動きしものを。 されど、そは信ぜずともよし。 人よ、ああ、唯これを信ぜよ。

「そぞろごと」与謝野晶子(青空文庫)

末尾部(原文より)

わが家は泥田の底となるらん。 柱みな草の如く撓み、 そを傳ふ雨漏の水は蛇の如し。 寢汗の香、かなしさよ。よわき子の齒ぎしり。 青き蚊帳は蛙の喉の如く脹れ、 肩なる髮は鹿子菜の如く戰ぐ。 この中に青白きわが顏こそ 芥に流れて寄れる月見草なれ。

「そぞろごと」与謝野晶子(青空文庫)

名文

わが歌の短ければ、 言葉を省くと人おもへり。 わが歌に省くべきもの無かりき。 また何を附け足さん。 わが心は魚ならねば鰓を有たず、 ただ一息にこそ歌ふなれ。

与謝野晶子「そぞろごと」(1911年)の一篇。短歌が短いのは言葉を削ったからではない、心が一息に歌うからだと言い切る。魚の鰓を引き合いに出す奇抜な比喩が、歌人の自負を鮮やかにする。

われは愛づ。新しき薄手の玻璃の鉢を。 水もこれに湛ふれば涙と流れ。 花もこれに投げ入るれば火とぞ燃ゆる。

与謝野晶子「そぞろごと」(1911年)より。薄いガラスの鉢に水を張れば涙に、花を挿せば炎に見えると歌う。続く行で粗忽な男の手に砕かれることを恐れ、壊れやすい女の心を玻璃の鉢に託している。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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