民衆詩派とは
- 分類
- 文芸思潮
- 読み
- みんしゅうしは
大正時代の中ごろ(1910年代後半)に起こった、民衆の生活や感情を平易な言葉で歌おうとした詩の流派。大正7年(1918年)1月に福田正夫が神奈川県小田原で創刊した詩誌「民衆」に拠り、白鳥省吾、福田正夫、百田宗治、富田砕花らが中心となった。アメリカの詩人ホイットマンに学び、白鳥や富田はホイットマンの詩を翻訳・紹介している。それまでの象徴詩や、芸術的な洗練を重んじる詩壇に対して、労働者や庶民の生活、人道的な思想、社会への関心を詩に取り込もうとした。口語による自由な詩形を用い、大正デモクラシーの時代の気分と、白樺派の人道主義とを背景にしている。詩を一部の愛好家のものから多くの人々のものへ広げた功績は大きく、大正中期には詩壇の主流を占めるほどの勢いを持った。しかし、表現が散文的で生硬だという批判を受け、大正11年(1922年)ごろには北原白秋が白鳥省吾の詩を、散文を行分けしただけで詩の韻律がないと批判して論争となった。やがて、より先鋭なプロレタリア詩や、モダニズムの新しい詩の運動に取って代わられた。