人道主義とは
- 分類
- 文芸思潮
- 読み
- じんどうしゅぎ
人間の尊厳を何よりも重んじ、人間愛にもとづいて、人種や身分を問わず人類全体の幸福を高めようとする立場。英語のヒューマニズム(humanism)の訳語で、明治後期にはまだ訳語として定まっていなかったが、白樺派の作家たちが掲げたことで大正期に定着したとされる。思想の源として大きかったのはロシアの文豪トルストイで、晩年に非暴力と隣人愛を説き、民話『イワンの馬鹿』などにも表したその思想は、明治39年(1906年)に本人を訪ねた徳冨蘆花をはじめ、多くの日本の文学者を動かした。明治43年(1910年)創刊の「白樺」に集った武者小路実篤・志賀直哉・有島武郎・長与善郎らは、個性の尊重と人類愛を掲げ、人道主義・理想主義を基調とする作品を書いた。武者小路は大正7年(1918年)に宮崎県で共同生活の村「新しき村」を始めて思想の実践を試み、長与は『青銅の基督』(大正12年)で信仰と芸術に生きる人々を描いた。白樺派の周辺では千家元麿が詩集『自分は見た』(大正7年)で日常の光景を衒いのない口語で歌い、民衆詩派の詩人たちも人道的な思想を詩に取り込んだ。一方、有島武郎が評論『宣言一つ』(大正11年)で、労働者の運動に自分のような階級の者は寄与できないと述べたように、社会運動が高まる大正後期には、個人の善意に立つ人道主義の限界も意識されるようになった。