青銅の基督(長与善郎)のあらすじ・登場人物
踏み絵を鋳る信仰なき職人
- 歴史
- 文字数
- 66,717字
- 読了目安
- 約2時間13分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 長崎県
この作品について
長与善郎が1923年(大正12年)1月の「改造」に発表した中編で、「一名南蛮鋳物師の死」の副題をもつ。舞台は四代将軍家綱のころ、切支丹の詮議が続く長崎。冒頭の「はしがき」で秀吉から家光に至る禁教と迫害の歴史を叙述したうえで、信仰を持たない若い南蛮鋳物師・萩原裕佐が、転び伴天連フェレラ(沢野忠庵)から真鍮の踏み絵の鋳造を頼まれるところから物語が動き出す。皮肉屋の版画師孫四郎、丸山の遊女君香、信者の青年吉三郎らとの交わりを通して、芸術に身をささげる者の孤独と、信仰をもつ人々の強さとが対置される。作者の付記によれば、寛文のころ長崎に実在した鋳物師の言い伝えに想を得た創作で、1939年に大きく改訂された。1955年に渋谷実監督で映画化されている。
あらすじ
家綱の代、切支丹の訴人に褒美を約す高札が立つ長崎。古川町の南蛮鋳物師・萩原裕佐は、父譲りの鋳造の技を持ちながら、何か一つの道に徹しきれないことに悩む青年である。少年の日に立山の刑場で信者たちの殉教を目にして以来、人をそこまで強くする信仰の力に惹かれつつ、自分は信者ではないと言い張っていた。かつて信者の娘モニカを愛しながら、不信徒であるために婚約を許されなかった過去もある。彼は失恋の面影に似た丸山の遊女君香のもとへ通い始め、切支丹らしい念珠を持つ奔放な彼女から、胸の中に生きている人の像を造ってみせろと挑まれる。やがて、踏み絵を考案した転び伴天連フェレラ(沢野忠庵)が役人と訪れ、紙の踏み絵に代わる鋳物の像を作ってほしいと頼むが、裕佐はいったん断る。降誕祭の夜、モニカの弟吉三郎に誘われた裕佐は、山中の隠れ家で天草から逃れてきた長老の説教に立ち会う。そこへフェレラが捕手を連れて現れ、裕佐は「おれがこの仲間の頭だ」と叫んで一同をかばい、長老は自ら縛につこうとする。その夜、長老の姿に霊感を得た裕佐は踏み絵の制作を引き受け、寝食を忘れて青銅の基督像を鋳上げる。ところが像はあまりに神々しく、それを作れる者も信者に違いないと奉行所で疑われる。君香の知らせで逃げようとした裕佐は捕らえられ、踏み絵を作った罪は踏まぬ者より重いとして、ひそかに斬罪に処されると決まる。正月の踏み絵の式では、その像を踏めない者が前例なく続出し、モニカも君香も像を抱いて拒んだ。立山の刑場には長老、モニカ、君香らの十字架が立ち、裕佐も刑場で刺し殺される。孫四郎はその光景を諷刺画に描いて笑った。モニカは像を作った裕佐に信仰を見たが、萩原裕佐は最後まで切支丹ではなく、一介の南蛮鋳物師にすぎなかったのである。
登場人物
- 萩原裕佐 長崎古川町の南蛮鋳物師。信仰を持たず、芸術に生きる道を探す青年
- 君香 丸山の遊女。異人から得た念珠を身につけ、裕佐を挑発する
- 孫四郎 長崎きっての版画師。皮肉屋で、裕佐の才能をひがみ交じりに冷やかす
- フェレラ 転び伴天連で、沢野忠庵を名乗る。踏み絵の考案者として裕佐に鋳造を頼む
- 吉三郎 信者の青年。裕佐を慕い、降誕祭の集まりに誘う
- モニカ 吉三郎の姉で熱心な信者。かつて裕佐が愛した娘
- 長老 天草から長崎へ逃れてきた老いた伴天連
冒頭部(原文より)
はしがき 父秀忠と祖父家康の素志を継いで、一つにはまだ徳川の天下が織田や豊臣のように栄枯盛衰の例にもれず、一時的で、三代目あたりからそろそろくずれ出すのではないかという諸侯の肝を冷やすために、また自分自らも内心実はその危険を少なからず感じていたところから、さしあたり切支丹を槍玉にあげて、およそ残虐の限りを尽くした家光が死んで家綱が四代将軍となっていたころのことである。
「青銅の基督」長与善郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
その男は、矢立てを帯に突っ込むとこういって、そのなまなましい残忍な画を役人たちの前で一同に見せながらトゲトゲしく大きな口をあいて笑った。いうまでもなくそれは孫四郎であった。 しかし「あなたはやはり信心を持っていらっしったのですわね!」とモニカがいったことは誤りであった。 萩原裕佐は最後まで決して切支丹ではなかったのである! 彼はただ一介の南蛮鋳物師にすぎなかったのである!
「青銅の基督」長与善郎(青空文庫)
原文を読む
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