ロシア文学とは

分類
その他
読み
ろしあぶんがく

19世紀のロシアで花開いた近代文学と、その日本での受容。プーシキンに始まり、ゴーゴリ、ツルゲーネフ、ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフらが、虐げられた人々への共感や、信仰・良心・自由をめぐる問いを、写実的な小説と戯曲に描いた。明治21年(1888年)、東京外国語学校でロシア語を学んだ二葉亭四迷がツルゲーネフの「あひびき」「めぐりあひ」を訳し、口語による自然描写で国木田独歩・田山花袋らに衝撃を与えた。明治25年(1892年)には内田魯庵(不知庵)が英訳から『罪と罰』を重訳し、北村透谷が「女学雑誌」でこれを評して、日本のドストエフスキー受容が始まる。尾崎紅葉の門下の瀬沼夏葉はチェーホフをいち早く紹介し、森鴎外もドイツ語訳を介してトルストイらを訳した。トルストイの人道主義は徳冨蘆花を動かして明治39年(1906年)の面会へと向かわせ、大正期には白樺派の理想主義にも大きな影響を与えた。大正から昭和にかけては、米川正夫がドストエフスキーの長編を、神西清がチェーホフの戯曲と小説をロシア語から訳し、翻訳の質も高まっていく。作家の側でも、芥川龍之介はツルゲーネフとトルストイの交友を描いた『山鴫』を書き、太宰治は疎開先の津軽でチェーホフの戯曲を読んだ感想を『津軽地方とチエホフ』に綴っている。

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