アプリで読む

無料・登録不要

罪と罰(内田不知庵訳)(北村透谷)のあらすじ・登場人物

日本が出会った罪と罰

北村透谷 1892年(明治25年)12月 「女學雜誌」

文字数
2,041字
読了目安
約4分
表記
旧字旧仮名

この作品について

内田不知庵(魯庵)が訳した『罪と罰』を、北村透谷が「女學雜誌」に評した書評。日本にドストエフスキーを紹介した功を不知庵に帰し、ロシアという「暗黒なる社界」の性質から説き起こして、ヒポコンデリアという病を人生の恨の一大要素と読む。「余は不知庵がこの書を我文界に紹介したる勇氣をこよなく喜ぶものなり」と結ぶ、日本におけるドストエフスキー受容の出発点にある一文。

あらすじ

沈痛、悲惨、幽悽なる心理的小説「罪と罰」は、かの奇怪なる一大巨人ロシアの暗黒なる社界の側面を暴露して余すところがない——透谷はそう書き出す。トルストイ、ツルゲーネフの名は久しく聞いていたが、ドストエフスキーの名と著書をわが文界に紹介した功は不知庵に多いと言わざるを得ない。続けて透谷は、ロシアという国の性質を描いてみせる。版図は強大で軍備は充実していても民の幸福は豊かでなく、貴族と小民のあいだに鉄柵が設けられ、平等を叫ぶ平民の声が起こる。乳を混ぜぬ濃茶を喜び、水を割らぬ精酒を飲み、沈鬱にして敢為。フランス人のように軽佻に動きやすいのではなく、黙念焦慮して毒刃を懐に蓄えるのがロシア人の険悪な性質である、と。……「罪と罰」はまさにこの険悪な性質と苦惨の実況を、一個のヒポコンデリア漢の上に直写したものであろう。ヒポコンデリアとはいかなる病か。無学はこれを病まず、却って学問がこれを引由し、知識ある者がこれを病むことが多い。人生の恨は、この病の一大要素ではないか。透谷は作品を追ってゆく。襤褸をまとった大学生が知友の手前を逃げ隠れする冒頭、高利貸の老婦人、居酒屋での非職官人の懺悔とも自負ともつかぬ告白、その病妻と娘のこと。第六回に至って殺人の大罪をめぐる疑問が飲食店の談柄から引き起こされ、ついに高利貸が虐殺される。第八回以後は精神的な「罰」——心中の鬼を穿ち出して、いよいよ精にいよいよ妙である。

冒頭部(原文より)

 沈痛、悲慘、幽悽なる心理的小説「罪と罰」は彼の奇怪なる一大巨人(露西亞)の暗黒なる社界の側面を暴露して餘すところなしと言ふべし。トルストイ、ツルゲネーフ等の名は吾人久しく之を聞けども、ドストイヱフスキーの名と著書に至りては吾文界に之を紹介するの功不知庵に多しと言はざる可からず。

「罪と罰(内田不知庵訳)」北村透谷(青空文庫)

末尾部(原文より)

 余は多言するを好まず。嘗つてユーゴのミゼレハル、銀器を盜む一條を讀みし時に其精緻に驚きし事ありしが、この書載するところ恐らく彼の倫にあらざるべし。余は不知庵がこの書を我文界に紹介したる勇氣をこよなく喜ぶものなり。第二卷の速に出でんことを待つ。

「罪と罰(内田不知庵訳)」北村透谷(青空文庫)

名文

沈痛、悲慘、幽悽なる心理的小説「罪と罰」は彼の奇怪なる一大巨人(露西亞)の暗黒なる社界の側面を暴露して餘すところなしと言ふべし。

北村透谷が内田不知庵訳『罪と罰』を評した書評の冒頭。明治の読者に向け、作品の本質を漢語の連なりで言い当てる。

讀去り讀來つて纖細妙微なる筆力まさしくマクベスを融解したるスープの價はあるべし。

殺人の場面の筆致を評した透谷の一文。『マクベス』を溶かしたスープという大胆な比喩で、ドストエフスキーの力量をたたえる。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品