楚囚之詩(北村透谷)のあらすじ・登場人物
獄中の青年がうたう長篇詩
- 文字数
- 5,610字
- 読了目安
- 約11分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
北村透谷が1889年(明治22)4月に自費出版した長篇詩。透谷20歳の処女作にあたる。政治犯として獄につながれた青年が、独房で自らの境遇と心の内を語る形をとり、全体は16の連で構成される。囚われの身の孤独と、牢の外にいる人への思いが主題になる。西洋のロマン派詩に学んだ表現を用い、新体詩が生まれて間もない時期の試みとして位置づけられている。
あらすじ
自由民権の壮士として国事に奔走した「余」は、法を破った政治犯として捕らえられ、生死を誓い合った同志たちや、蕾のように若い最愛の少女とともに投獄される。二重の壁に世界から隔てられた獄舎の中で、伸び放題の髪、痩せ衰えた身体、涸れた声――かつて世を動かした弁舌も活眼も失われ、囚人となった「余」は、祖父も父も国のために倒れたわが家の運命を思う。差し込むわずかな日光、壁の隙間、獄舎に忍び入る一羽の鶯だけが心の慰めであった。同じ牢につながれた同志たちの変わり果てた姿を見、隣室の少女の身を案じながら、「余」は死をさえ待ち望むほどの絶望に沈んでゆく。だが物語の結び、獄吏があらわれて大赦を告げ、「余」はついに解き放たれる。門を出れば多くの友が迎え、走り寄った花嫁と手を取り合って涙し、あの鶯も再び美しい調べを奏でるのだった。囚われの身の苦悩と自由への渇望、そして解放の喜びを十六の連に凝縮した本作は、二〇歳の透谷が自費出版した長篇叙事詩であり、島崎藤村ら後進に多大な影響を与えた日本近代詩の先駆的名作である。
登場人物
- 余 政治犯として投獄された青年。自由民権の壮士たちの首領
- 少女(花嫁) 「余」の最愛の人。ともに捕らえられ、獄中で互いの身を案じ合う
- 同志の壮士たち 「余」とともに投獄された仲間。かつては山野に威を振るった者たち
冒頭部(原文より)
第一 曽つて誤つて法を破り 政治の罪人として捕はれたり、 余と生死を誓ひし壮士等の 数多あるうちに余は其首領なり、 中に、余が最愛の まだ蕾の花なる少女も、 国の為とて諸共に この花婿も花嫁も。 第二 余が髪は何時の間にか伸びていと長し、 前額を盖ひ眼を遮りていと重し、 肉は落ち骨出で胸は常に枯れ、 沈み、萎れ、縮み、あゝ物憂し、 歳月を重ねし故にあらず、 又た疾病に苦む為ならず、 浦島が帰郷の其れにも はて似付かふもあらず、 余が口は涸れたり、余が眼は凹し、 曽つて世を動かす弁論をなせし此口も、 曽つて万古を通貫したるこの活眼も、 はや今は口は腐れたる空気を呼吸し 眼は限られたる暗き壁を睥睨し 且つ我腕は曲り、足は撓ゆめり、 嗚呼楚囚! 世の太陽はいと遠し! 噫此は何の科ぞや? たゞ国の前途を計りてなり! 噫此は何の結果ぞや? 此世の民に尽したればなり! 去れど独り余ならず、 吾が祖父は骨を戦野に暴せり、 吾が父も国の為めに生命を捨たり、 余が代には楚囚となりて とこしなへに母に離るなり。
「楚囚之詩」北村透谷(青空文庫)
末尾部(原文より)
第十六 鶯は余を捨てゝ去り 余は更に怏鬱に沈みたり、 春は都に如何なるや? 確かに、都は今が花なり! 斯く余が想像中央に 久し振にて獄吏は入り来れり。 遂に余は放されて、 大赦の大慈を感謝せり 門を出れば、多くの朋友、 集ひ、余を迎へ来れり、 中にも余が最愛の花嫁は、 走り来りて余の手を握りたり、 彼れが眼にも余が眼にも同じ涙―― 又た多数の朋友は喜んで踏舞せり、 先きの可愛ゆき鶯も爰に来りて 再び美妙の調べを、衆に聞かせたり。
「楚囚之詩」北村透谷(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。