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山鴫(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物

二人の文豪の山鴫猟

  • 心理

芥川龍之介 1921年(大正10年)1月 「中央公論」

文字数
7,888字
読了目安
約16分
表記
新字旧仮名
種別
小説

この作品について

芥川龍之介の短編。1880年5月、ツルゲーネフが二年ぶりにトルストイの屋敷ヤスナヤ・ポリヤナを訪れ、一緒に山鴫猟に出かけた一夜と翌朝を描く。実在の二人の文豪の間の、親しさと反発の入りまじったやりとりが中心で、トルストイの強い個性がツルゲーネフとの交友のなかで描かれる。末尾に大正9年12月の日付があり、「中央公論」に発表された。

あらすじ

1880年の春の夕方、ツルゲーネフはヤスナヤ・ポリヤナの主人トルストイ伯爵やその家族と、ヴァロンカ川の向こうへ山鴫を撃ちに出かける。トルストイが先に一羽を仕留め、ツルゲーネフにも夜になって一羽の山鴫が現れ、彼は撃ち落としたと確信する。しかし子供たちが犬と探しても見つからず、ツルゲーネフが「石のように落ちた」と言い張り、トルストイが冷笑して疑うので、二人は気まずくなる。その夜、書斎で寝る前に、ツルゲーネフは若いころからのトルストイの我執の強さや、かつての絶交を思い出す。翌朝、食堂で二人は互いに口をきかないまま過ごすが、そこへ子供たちが、白楊の枝に引っかかっていたという山鴫を持って駆け込んでくる。

登場人物

冒頭部(原文より)

 千八百八十年五月何日かの日暮れ方である。二年ぶりにヤスナヤ・ポリヤナを訪れた Ivan Turgenyef は主の Tolstoi 伯爵と一しよに、ヴアロンカ川の向うの雑木林へ、山鴫を打ちに出かけて行つた。  鴫打ちの一行には、この二人の翁の外にも、まだ若々しさの失せないトルストイ夫人や、犬をつれた子供たちが加はつてゐた。  ヴアロンカ川へ出るまでの路は、大抵麦畑の中を通つてゐた。日没と共に生じた微風は、その麦の葉を渡りながら、静に土の匂を運んで来た。トルストイは銃を肩にしながら、誰よりも先に歩いて行つた。さうして時々後を向いては、トルストイ夫人と歩いてゐるトウルゲネフに話しかけた。その度に「父と子と」の作家は、やや驚いたやうに眼を挙げながら、嬉しさうに滑らかな返事をした。時によると又幅の広い肩を揺すつて、嗄れた笑ひ声を洩す事もあつた。それは無骨なトルストイに比べると、上品な趣があると同時に、何処か女らしい答ぶりだつた。

「山鴫」芥川龍之介(青空文庫)

末尾部(原文より)

彼は椅子を離れながら、子供たちにまじつたトウルゲネフの前へ、逞しい右手をさし出した。 「イヴアン・セルゲエヰツチ。これで僕も安心が出来る。僕は嘘をつくやうな人間ではない。この鳥も下に落ちてゐれば、きつとドオラが拾つて来たのだ。」  トウルゲネフは殆恥しさうに、しつかりトルストイの手を握つた。見つかつたのは山鴫か、それとも「アンナ・カレニナ」の作家か、――「父と子と」の作家の胸には、その判断にも迷ふ位、泣きたいやうな喜ばしさが、何時か一ぱいになつてゐたのだつた。 「僕だつて嘘をつくやうな人間ではない。見給へ。あの通りちやんと仕止めてあるではないか? 何しろ銃が鳴ると同時に、石のやうに落ちて来たのだから、――」  二人の翁は顔を見合せると、云ひ合せたやうに哄笑した。

「山鴫」芥川龍之介(青空文庫)

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