星座(有島武郎)のあらすじ・登場人物
札幌農学校、若者たちの群像
- 青春
- 心理
- 文字数
- 118,448字
- 読了目安
- 約3時間57分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 北海道
この作品について
有島武郎の未完の長編小説。1921年(大正10年)7月に「新潮」へ「白官舎」として発表した部分に、後半を書き足し、翌1922年に『星座』第1巻として叢文閣から刊行した。長編として構想されたが、作者の死によって続きは書かれなかった。明治三十年代初めの札幌農学校を舞台に、古い長屋「白官舎」に暮らす学生たちと、彼らを取り巻く娘や家族の姿を、章ごとに視点人物を替えながら描く群像劇である。野心、欲望、信仰、ためらいを抱えて世の中への出立を待つ若者たちが、題名のとおり一群の星のように配置される。作者自身が学んだ札幌の時計台やエルムの大樹、北国の晩秋から初冬の空気が、物語に澄んだ陰影を与えている。
あらすじ
明治三十二年の秋、札幌。農学校の学生たちが暮らす古い棟割長屋「白官舎」で、結核を病む秀才星野清逸は、上京の相談のため千歳の実家へ帰ることにし、自分が英語を教えていた三隅ぬいの稽古を、同宿の純粋な青年園に託す。だが科学者として生きると心に決めた園は、おぬいを訪ねてその役を断ってしまう。社会運動を志す野心家の西山は仲間に見送られて東京へ発ち、空想家の柿江は夜学校で作り話を語りながら、遊廓へ向かう自分の弱さに苦しむ。星野の指名でおぬいを教えることになった渡瀬(ガンベ)は、その汚れのない心に触れて自分の欲望を恥じ、泥酔して白官舎に現れ、園におぬいを愛せとけしかける。千歳の星野は、貧しい家と弟純次との確執のなかで喀血しながら新井白石論を書き進め、小樽で女中奉公をする妹おせいは、借金を抱えた父から評判の悪い高利貸との縁談を迫られる。渡瀬に代わっておぬいを教えるうちに、園は自分がおぬいを深く愛していることを知る。やがて父の急死の電報を受けた園は、帰京の夜に三隅の家を訪ね、母子の前でおぬいとの婚約を願い出る。母は即答を避け、おぬいは隣室で忍び泣き、別れ際に黙って頭を下げる。その心をはかりかねたまま、園は夜汽車で札幌を発つ。物語はここで途切れ、作者の死によって未完に終わった。
登場人物
- 星野清逸 札幌農学校の学生。結核を病む秀才で、上京を志す
- 園 白官舎に住む学生。寺の生まれで、科学者として生きようとする純粋な青年
- 三隅ぬい 産婆の母と暮らす十九歳の娘。星野らに英語を習う
- 渡瀬(ガンベ) 片眼の学生。頭脳明晰だが大酒飲みで放埒
- 西山 野心家の学生。社会運動を志して東京へ出る
- 柿江 空想家の学生。夜学校で教えている
- おせい 星野の妹。小樽で女中奉公をしている
- 純次 星野の弟。千歳の孵化場で働く
冒頭部(原文より)
その日も、明けがたまでは雨になるらしく見えた空が、爽やかな秋の朝の光となっていた。 咳の出ない時は仰向けに寝ているのがよかった。そうしたままで清逸は首だけを腰高窓の方に少しふり向けてみた。夜のひきあけに、いつものとおり咳がたてこんで出たので、眠られぬままに厠に立った。その帰りに空模様を見ようとして、一枚繰った戸がそのままになっているので、三尺ほどの幅だけ障子が黄色く光っていた。それが部屋をよけい小暗く感じさせた。 隣りの部屋は戸を開け放って戸外のように明るいのだろう。そうでなければ柿江も西山もあんな騒々しい声を立てるはずがない。早起きの西山は朝寝の柿江をとうとう起してしまったらしい。二人は慌てて学校に出る支度をしているらしいのに、口だけは悠々とゆうべの議論の続きらしいことを饒舌っている。やがて、 「おい、そのばか馬をこっちに投げてくれ」 という西山の声がことさら際立って聞こえてきた。清逸の心はかすかに微笑んだ。 ゆうべ、柿江のはいているぼろ袴に眼をつけて、袴ほど今の世に無意味なものはない。袴をはいていると白痴の馬に乗っているのと同じで、腰から下は自分のものではないような気がする。袴ではないばか馬だと西山がいったのを、清逸は思いだしたのだ。
「星座」有島武郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
小母さんは立ち上って園を入口に送りだしながら、奥の方にこう声をかけた。けれどもおぬいさんの出てきそうな様子はなかった。園はそれがおぬいさんらしいと思った。そう思いはしたものの、言いようのない物足らなさが胸の奥底に濃く澱むのをどうすることもできなかった。 園が編上靴を穿き終って、外套を着て、もう一度小母さんに簡単な別れの挨拶をして格子戸を開けようとした時、おぬいさんが奥から出てくるのを感づいて、彼は思わず後を振り向いた。はたしておぬいさんが小刻みに駈けるようにして母の後ろまで来ると、その蔭に倚りそって坐るが早いか頭を下げた。園も黙って帽子を取った。その時見えた小母さんの眼には涙がいっぱいたまっていた。 園は格子戸を立ててから、未練だとは思いながらもちらっとおぬいさんを見た。おぬいさんは、畳についた両手をしゃんと延ばして寄せ合わせて、肩さえいつもより細々と見えるのに、襟足がのぞかれるまで顔を重く伏せていた。眼上のものに心から詫び入る姿のように。かと思うと死ぬほどの口惜しさをじっと堪らえる形のように。園にはもどかしいほどに、そのいずれであるかがどうしても分らなかった。
「星座」有島武郎(青空文庫)
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