或る少女の死まで(室生犀星)のあらすじ・登場人物
東京の酒場で働く少女
- 青春
- 心理
- 文字数
- 42,665字
- 読了目安
- 約1時間25分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1919年(大正8年)11月、『中央公論』に発表された室生犀星の小説。『幼年時代』『性に眼覚める頃』に続く自伝的な三部作の第三作で、舞台は東京へ移る。宿で眠る「私」のもとへ、朝早く刑事が訪ねてくる。同行を求められた「私」は、昨夜、通いなれた酒場で起きた出来事を思い返す。その店では十二、三歳の少女が夜遅くまで働き、客に酒を注いでいた。回想を織り込む構成によって、静かな朝の街路と、酒場に集まる人々のざわめきが並べられる。少女の笑顔や視線に細かく目を向ける語りには、彼女への親しみとともに、子供が働く都会の暮らしの厳しさも映る。家族や故郷を見つめた前二作から、町に暮らす他者との関わりへと視野を広げた作品であり、柔らかな感覚描写のなかにも、酔客の言葉や振る舞いが生々しく響く。
あらすじ
詩の才能を認められた「私」は、金沢を出て東京へ移り住む。定まった職もなく、その日の暮らしにも事欠く貧しい生活のなかで、それでも詩を書くことだけは手放さずに生きている。孤独な都会の暮らしのなかで「私」の心をなぐさめたのは、下宿の周りにいる幼い少女たちの、屈託のない愛らしさであった。可憐なものを愛おしむ純粋な気持ちから、「私」は二人の少女とつかのまの温かな触れ合いを重ね、その無邪気さに救われるように日々を過ごす。だが、そうしたささやかな幸いは長くは続かない。慈しんできた少女の一人が病を得て、幼い命を散らしてしまうのである。愛らしいものへ寄せた純真な思いは、少女の死という取り返しのつかない別れに行き着く。貧困と孤独のなかで芽生えた清らかな愛情と、それを奪う喪失の哀しみとを、犀星は詩人のまなざしで静かに描き出す。
冒頭部(原文より)
遠いところで私を呼ぶ声がするので、ふと眼をさますと、枕もとに宿のおかみが立っていた。それを見ながら私はまたうとうとと深い睡りに落ちかかった。
「或る少女の死まで」室生犀星(青空文庫)
末尾部(原文より)
明治四十四年十月三日、私は第一回の都落ちをした。越えて十二月、父なる山元椿荘氏から一封の手紙をうけとった。ひらくと、ふじ子は腸に病を得て亡くなったことが記されてあった。生前いろいろお世話になった旨を感謝すると書いて、なお、ふじ子はいつも「髪の長いおじさん」のことを言い言いしたと書き添えてあった。 私はその手紙を見て烈しい涙を感じた。そして、私のためには小さな救い主であった今はむなしい彼女の魂に向って合掌した。 悼詩 ボンタン実る樹のしたにねむるべし ボンタン思へば涙は流る ボンタン遠い鹿児島で死にました ボンタン九つ ひとみは真珠 ボンタン万人に可愛がられ いろはにほへ らりるれろ ああ らりるれろ 可愛いその手も遠いところへ 天のははびとたづね行かれた あなたのおぢさん あなたたづねて すずめのお宿 ふぢこ来ませんか ふぢこ居りませんか これはその当時、ある雑誌に書いた悼詩の一章である――
「或る少女の死まで」室生犀星(青空文庫)
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