幼年時代(室生犀星)のあらすじ・登場人物
二つの家を行き来した金沢の日々
- 家族
- 心理
- 文字数
- 31,097字
- 読了目安
- 約1時間2分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 石川県
この作品について
1919年(大正8年)8月、『中央公論』に発表された室生犀星の最初の小説。『性に眼覚める頃』『或る少女の死まで』と続く自伝的な三部作の第一作にあたる。養家に暮らす少年の「私」は、すぐ近くの実家へ何度も遊びに行く。母と向かい合って菓子を食べ、父の果樹園で杏を採る時間は楽しいが、実家に通いすぎることはどちらの家でも戒められる。二つの家を往復する日々に、甘えたい気持ち、反抗、相手にすまないと思う心が入り交じる。杏の色や葉の音、静かな家に響く時計など、感覚に残る細部を重ねながら、幼い心の動きをたどる文章が特徴だ。作者の生い立ちを背景に持つ一方、少年自身の見方に沿って家族の姿が語られる。詩集『愛の詩集』『抒情小曲集』を刊行した翌年、小説へ表現を広げた一編である。
あらすじ
「私」は、物心ついたときにはすでに養子に出されていた。金沢の町には、自分の生まれた生家と、いま暮らす養家という二つの家がある。養母のもとでの日々にはどこか満たされないものがあり、「私」は行ってはいけないと戒めながらも、毎日のように生家へ足を運んでは、そこに流れるゆったりと暖かな時間に身をひたす。生家で会う母への慕わしさ、そして優しい姉への思いが、寂しく鋭敏な少年の胸につのっていく。犀の川のほとりの風景や、庭の杏の実、季節のうつろいといった金沢の自然のこまやかな美しさが、少年の孤独と鋭い感受性を包み込むように描き出される。物語らしい大きな筋があるわけではなく、私生児として生まれた我が身の哀しみと、それゆえにいっそう募る肉親への愛慕とが、詩人の目でとらえたやわらかな叙情のうちに静かに立ちのぼってくる。
冒頭部(原文より)
私はよく実家へ遊びに行った。実家はすぐ裏町の奥まった広い果樹園にとり囲まれた小ぢんまりした家であった。そこは玄関に槍が懸けてあって檜の重い四枚の戸があった。父はもう六十を越えていたが、母は眉の痕の青青した四十代の色の白い人であった。私は茶の間へ飛び込むと、
「幼年時代」室生犀星(青空文庫)
末尾部(原文より)
私は佗しい行燈のしたで、姉のことを考えたり、母のことを思い出したりしながら、いつまでも大きな目をあけていることがあった。うしろの川の瀬の音と夜風とが、しずかに私の枕のそばまで聞えた。 私の十三の冬はもう暮れかかっていた。
「幼年時代」室生犀星(青空文庫)
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