父帰る(菊池寛)のあらすじ・登場人物
父の不在を生きた家族の夜
- 家族
- 心理
- 文字数
- 7,745字
- 読了目安
- 約15分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
1917年(大正6年)1月、第四次『新思潮』に発表された菊池寛の一幕戯曲。明治40年頃、南海道の海岸の町にある、つつましい家の六畳間が舞台となる。長男・賢一郎は若い頃から働いて母や弟妹を支えてきた。妹の縁談や家計を話すいつもの夕べに、二十年前に家を出た父・宗太郎が帰ってくる。父の不在をそれぞれの年齢と立場で経験した家族にとって、同じ帰宅が同じ意味を持つとは限らない。方言を交えた会話、黙り込む間、狭い部屋での動作によって、長い年月の暮らしや感情を伝えるところに特色がある。血のつながりと家族を養う責任を、一夜の対面に凝縮した作品である。発表時には広く知られなかったが、1920年に二代目市川猿之助が舞台に取り上げて評判となった。読む戯曲としても、声にして交わされる言葉の力を感じられる。
あらすじ
南海道の海岸の町。県庁の給仕から働き通して一家を支えてきた長男・賢一郎は、母おたか、弟の新二郎、妹のおたねと慎ましく暮らしている。二十年前、借金と女をこしらえて家族を捨てて出奔した父・宗太郎らしき老人を見かけたという噂が流れたその夜、当の宗太郎が落ちぶれ果てた姿で本当に帰ってくる。涙ながらに迎える母や、父を迎える弟妹をよそに、賢一郎だけは頑なに父を拒み、自分たちを苦しめた男に父親を名乗る資格はないと言い放つ。行き場を失った宗太郎はよろめきながら家を去っていくが、後を追おうとしない賢一郎に耐えかね、母と妹が「賢一郎!」「兄さん!」と哀願する。ようやく心を動かされた賢一郎は弟の新二郎に父を呼び戻すよう命じるが、探しに出た新二郎は「見えん」とだけ告げに戻ってくる。取り乱した賢一郎は弟とともに、闇の中へ父を捜しに駆け出していくのだった。
登場人物
- 黒田賢一郎 28歳の長男。県庁の給仕から働き詰めで一家を支えてきた。家族を捨てた父を頑なに拒む
- 新二郎 23歳の次男。小学校教師。父への情を捨てきれない
- おたね 20歳の長女。父の帰りを複雑な思いで迎える
- おたか 51歳の母。夫に去られながらも三人の子を育て上げた
- 宗太郎 二十年前に家族を捨てて出奔し、落ちぶれた姿で帰ってくる父
冒頭部(原文より)
人物 黒田賢一郎 二十八歳 その弟 新二郎 二十三歳 その妹 おたね 二十歳 彼らの母 おたか 五十一歳 彼らの父 宗太郎
「父帰る」菊池寛(青空文庫)
末尾部(原文より)
新二郎 南の道を探したが見えん、北の方を探すから兄さんも来て下さい。 賢一郎 (驚駭して)なに見えん! 見えんことがあるものか。 (兄弟二人狂気のごとく出で去る) ――幕――
「父帰る」菊池寛(青空文庫)
名文
新! 行ってお父さんを呼び返してこい。
家族を捨てた父を一度は追い返した長男賢一郎が、最後に弟へ叫ぶ言葉。憎しみを超えて肉親の情があふれ出る、一幕劇の劇的な結末。
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