母と子(正宗白鳥)のあらすじ・登場人物
母に手紙の書けない息子
- 家族
- 心理
- 文字数
- 4,500字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1916年(大正5年)7月、『早稲田文学』に発表された正宗白鳥の短編。四十に手が届こうとする文筆家の良吉のもとへ、郷里の母から八幡宮のお札と御供米が届く。お札に書かれた祈願は「疳性平癒」。妻のおたねは迷信嫌いの夫に黙って御供米を飯に混ぜて食べさせ、そのいたずらをきっかけに、夫婦の話は良吉の幼い頃の病や、若い母と旅した日の記憶へと移っていく。妻が姑に宛てて書く親しげな言文一致の手紙と、筆の進まない良吉の手紙とが並べられ、肉親に心を開けない男の内面が淡々と見つめられる。疳性の治療で頭が禿げた話は、白鳥が後年の随筆「幼少の思ひ出」で自身の幼時として語る記憶とも重なっている。
あらすじ
郷里の母から届いた封筒には、××八幡宮の「辰の歳の男疳性平癒」のお札と御供米が入っていた。妻のおたねは、迷信嫌いの夫に知らせず御供米を飯に混ぜて食べさせ、あとで種明かしをする。良吉は、幼い頃ひどい疳性で、その治療のために頭の頂が禿げたことや、母と大阪や讃岐へ旅した日の顔を語るが、胸の底では、父との不和に泣いていた若い母の姿を思い出していた。四十近くなった良吉は肉親の話を好まず、幼い頃から両親に無邪気に馴染めなかった。母に懐かしい手紙でも書こうと筆を執るが、くすぐったくて書けない。一方おたねは言文一致の親しげな手紙を書き上げ、良吉はそれを読んで、こんな文句で人一人を慰められるのに、自分にはそれさえできないと言う。母は嫁にも気兼ねしておどおどしている、仕合せな人ではないと語っても、妻は冗談と受け取るばかりだった。妻が手紙を出しに出たあと、良吉はふたたび筆を握るが、平凡な文句さえ書けない。母も子も首垂れて思い悩む気持ちは同じでありながら、互いに心を開いて見せることはなく、白髪の出来た良吉は机の前で物狂おしい寂しさを抱え続けるのだった。
登場人物
- 良吉 四十に手が届く文筆家。幼い頃から疳性で、肉親に心を開けない
- おたね 良吉の妻。姑に親しげな手紙を書く
- 母 郷里に住む良吉の母。息子の疳性をいまも案じている
冒頭部(原文より)
封筒の中には長いお札が疊み込まれてあつた。それには××八幡宮玉串と大きな文字が刷られて、その傍に「辰の歳の男疳性平癒」と書いてあつた。 何事を云つて來たのかと、案じながら手紙を開いたおたねは、お札を見るとくす/\獨り笑ひをした。お札の外に御供米が四五粒包まれてゐた。
「母と子」正宗白鳥(青空文庫)
末尾部(原文より)
母親は頭の中に起つたことを持て餘して來ると、よく庭の隅や物置の隅に蹲んで首垂れてゐた。良吉は一日の過半は机の前に首垂れてゐる。……首垂れてゐる二人の氣持に相違はなさゝうだつた。それでありながら、母と子とは面と向き合つてゐる時でも、言葉によつて互ひに心を開いて見せることはなかつた。遠く離れてゐる間は、三年でも五年でも互ひに手紙の遣り取りをすることはなかつた。 かうして、神は愛であらうとも世は愛であらうとも、頭に白髮の出來た良吉は机の前に首垂れて、永久に物狂はしい寂しさをつゞけなければならなかつた。
「母と子」正宗白鳥(青空文庫)
原文を読む
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