幼少の思ひ出(正宗白鳥)のあらすじ・登場人物
八犬伝に夢中だった旧家の子
- 文字数
- 5,443字
- 読了目安
- 約11分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
正宗白鳥が老年になって幼少時代を振り返った随筆。二十年あまり前の英国旅行で、シェイクスピアの故郷ストラトフォード・オン・エイボンを訪ねた日の小さな出来事から筆を起こし、歳を取るにつれて生まれ故郷と幼い頃のことがおのずと心に浮かぶようになったと語る。何代も子のなかった旧家に生まれ、曾祖母や祖母に珍重されて育った境遇、家の確執にまつわる最初の記憶、祖母に聞かされた話、父に授けられた『日本外史』の素読、そして夢中で読み耽った『八犬伝』。懐かしさと不快さの入り交じる回想は、子どもをどう育てるのがよいのかという問いへ行き着く。疳性の治療や雨戸の外に出された記憶は、小説「母と子」「奇怪な客」に描かれた場面とも重なる。
あらすじ
二十年あまり前、「私」は妻と英国を旅し、ストラトフォード・オン・エイボンへ向かう途中で女学生に乗り換えを教わり、宿では中年の紳士に「シナから来たか、シャムから来たか」と問われた。シェイクスピアの生家や墓を巡り、エイボン川の遊覧船に乗った一日は、老後の今は楽しい追憶である。歳を取るにつれ、世界漫遊の見聞と並んで、生まれ故郷と幼少時代の光景が心に浮かぶようになった。何代も子の生まれなかった旧家に生まれた私は曾祖母や祖母に甘やかされたが、続々と弟妹が生まれて十人もの子のいる大家族となり、次第に放任された。名義上の祖父は不身持のため曾祖母に家を出され、妾と別に一家を構えていた。数え三歳の頃、子守に連れられてその祖父の家へ行ったらしく、祖母に雨戸の外の濡縁へ締め出されて泣き叫んだのが、私の最初の記憶である。癇症を案じた祖母に「ハツボ」という治療を施されて頭の真ん中が禿げたこと、近所の赤ん坊の膿で種痘をされたこと、祖母の仏教的な迷信話、観音経や祝詞の口まね、父に授けられた日本外史の素読。九歳か十歳の頃、祖父の家にある『八犬伝』が読みたくてのぞきに通うと、祖父の妾が口添えして貸してくれ、私は夜更けまで夢中で読み耽った。封建思想の結晶のような書物で育てられたのがよかったのかどうか。子どものない私は子どもの育て方を考えたことはないが、成るにまかせておくよりほかないのだろうかと思う。
登場人物
- 私 老年の語り手。何代も子のなかった旧家に生まれた
- 祖母 私を溺愛し、厳しく折檻もした
- 祖父 名義上の祖父。妾と別に一家を構えている
- 祖父の妾 祖母に悪く言われていたが、私に八犬伝を貸してくれた
冒頭部(原文より)
今から二十年あまりも前の事である。ロンドンからエデインボロウに向ひ、グラスゴーだのリバプールだのを経て、ロンドンへ帰るまでに、沙翁の故郷であつたストラツトフオード・オン・エボンへ立ち寄ることにした。
「幼少の思ひ出」正宗白鳥(青空文庫)
末尾部(原文より)
それで、私は幼少の頃を回顧して、自分の生ひ立ちの危かしさを感じてゐる。成長して世間へ出て、自分の力で生存を続けて行けるやうに育て上げるのにはどうしたらいいかと疑つてゐる。私は子供がないから、子供の育て方なんか考へたことはなかつたが、成るにまかせて置くより為方がないのであらうか。
「幼少の思ひ出」正宗白鳥(青空文庫)
原文を読む
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