見て過ぎた女(正宗白鳥)のあらすじ・登場人物
二十年ぶりに行き遇った女
- 恋愛
- 文字数
- 2,011字
- 読了目安
- 約4分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 神奈川県
この作品について
1926年(大正15年)2月、『婦人倶楽部』に発表された正宗白鳥の短い小説。少年の頃から小説を乱読して色恋の空想を育てながら、家庭の教訓やキリスト教の感化によってそれを抑えてきた日比野という男の、恋愛をめぐる半生が回想される。歳を取って大磯に住む彼は、雨上がりの秋の日、紅葉した天王山や高麗山の麓を散歩していて、小さな別荘の庭先に立つ見覚えのある婦人と目を合わせる。「戀とは綺麗なことを考へて汚いことを實行するものだ」という警句を枕に、理想と現実の食い違いに付きまとわれてきた男の恋愛観と、老いて行き遇った昔の知人への感慨とを、白鳥らしい醒めた筆で短く綴った作品だ。
あらすじ
日比野は早熟で、十一、二歳で『梅暦』を読むほど色恋の空想を育てたが、家庭の教訓やキリスト教の感化でそれを抑え、二十四、五で解放されてからも、空想したような美しい恋を味わうことはなかった。美しいことを空想しながら汚いことを実行するという不快な感じが、彼の色恋には付きまとっていた。老いて大磯に住む彼は、雨上がりの秋の日、町はずれを散歩し、小さな別荘の庭先で二人の子を連れた老けた婦人と目が合う。彼女は日比野を覚えていて声をかけたが、彼は短く言葉を交わしただけで行き過ぎた。かつて東片町に初めて家を持ったとき、隣家の小役人の若夫婦のもとに、下女代わりに働く妻君の妹がいた。日比野の家の老婢は彼女を褒めて縁談をほのめかしたが、日比野は「あのくらいな女はいくらでもある」と取り合わなかった。それでも淡い恋のようなものは心に動き、金で近づける女のもとで、ひそかに隣家の娘の清い面影を思い浮かべたこともあった。醜骸を抱きながら美しいものを空想する――それが日比野の一生の女性関係の実相だった。彼は老いた彼女と昔の彼女の顔を心に並べながら、色づいた秋の野を歩いた。
登場人物
- 日比野 大磯に住む初老の男。若い頃から色恋を空想しては幻滅してきた
- 婦人 二十年ぶりに行き遇った昔の知人。二人の子を連れている
- 老婢 日比野の家の年老いた女中。隣家の娘を褒めて縁談をほのめかした
冒頭部(原文より)
「戀とは綺麗なことを考へて汚いことを實行するものだ。」と、西洋の誰れかが云つたやうだが、若し誰れも云はなかつたとしたら、おれがさう云はうと、日比野は思つてゐた。
「見て過ぎた女」正宗白鳥(青空文庫)
末尾部(原文より)
醜骸を抱きながら美しいものを空想するのが、日比野の一生の、對女關係の實相であつた。 彼れは、老いたる彼女の顏と、昔の彼女の顏とを心の中に並べて浮べながら、色づいた美しい秋の野をブラ/\歩いた。
「見て過ぎた女」正宗白鳥(青空文庫)
原文を読む
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