仮面(正宗白鳥)のあらすじ・登場人物
誰にも理解されぬ画家の煩悶
- 心理
- 文字数
- 10,726字
- 読了目安
- 約21分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1916年(大正5年)7月、『文章世界』に発表された正宗白鳥の短編。五月末の冷たい雨の日、画家の馬越は布団をかぶって横になっているが、心の荒れが鎮まらない。外へ出て妹のおすぎを訪ねても、抱えていることをそのまま打ち明ける気にはなれない。妹は兄の苦労を芸術家の悩みとして励まそうとするが、馬越はその言葉にも苛立ちを覚える。激しく乱れた内心とは対照的に、階段を下りる足音や戸を開ける動作は静かで、本人にもその違いが意識される。相撲の勝敗に関心を寄せる人々や、妹の家で交わす身内の話が、彼の切迫した思いと同じ町にある日常を形作っている。人物の発する言葉だけでなく、言わずにいることや相手に求めるものを細かく追い、人に理解されたい気持ちと、理解のされ方への反発が絡み合う心理を描いた小説だ。
あらすじ
五月の末だというのに、火鉢が欲しいほどの時候外れの寒さで、雨が終日降り続いている。夜具をかぶって横になり、心を落ち着けようとしていた画家の馬越は、黙ってじっとしていればいるほど、頭の中の狂暴に堪えられなくなる。手当たりしだいに家具を打ち壊すか、誰かを打つか蹴るかすれば頭が軽くなりはしないか――そんな衝動に駆られながら、彼は「二三日怨霊に襲われている」ような、本体の分からぬ物狂おしい思いに苦しめられていた。いたたまれず雨のなかを出た馬越は、近くに住む妹の家をたずねる。顔立ちは兄に似ているが、丸々と肥えて色艶もよく、屈託なく暮らす妹は、久しぶりの兄の来訪を喜び、身内の噂話をする。だが馬越は、妹が一かどの鑑賞家のつもりで兄の絵を批評したり、流行の芸術的用語を使って生意気な議論をするのを、歯の軋むほど嫌う。「おれなんぞの絵が芸術も糞もあったものか」「部屋の中は空っぽだ。空っぽの部屋の中を、おれは布団を被ってごろごろ転げ廻ってるんだ」と、彼は自らを投げつけるように貶める。世間からも身内からも隔てられ、誰にも通じぬ煩悶を抱えたまま、馬越の心はいよいよ荒んでゆく。やがて彼は、日々の乞食のような暮らしを免れて一人立ちするには、こんなやくざな身体を亡ぼすよりほかに仕方がないと思い詰め、隣家の塀から伸び出た松の枝に、自らの身体をぶら下げる幻想にとらわれる。人間の内面にわだかまる虚無と絶望を、白鳥が容赦なく見つめた心理小説である。
冒頭部(原文より)
五月も末になつてゐるのに、火鉢の欲しいほどの時候外れの寒さで、雨さへ終日降りつゞいた。 午過ぎから夜具を被つて横になつて、心を落着けようと努めてゐた馬越は、默してぢつとしてゐればゐるほど、頭の中の狂暴に堪へられなくなつた。其處等にある家具を片端から打壞すか、誰れかを打つか蹴るかしたなら、いくらか頭が輕くなりはしないかと思はれた。
「仮面」正宗白鳥(青空文庫)
末尾部(原文より)
ふと、彼れは日々の乞食見たいな生活を免れて一人立ちになるには、こんなやくざな身體を亡ぼすより外仕方がないと思つた。二三日以來の本體の分らぬ物狂はしい思ひは、彼れをして少しの間死の恐しさを忘れさせた。薄暗い雨の夜に隣家の塀から伸び出てゐる松の枝は、彼れの身體をぶら下げて息の根を絶つに役立つやうだつた。……
「仮面」正宗白鳥(青空文庫)
原文を読む
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