避病院(正宗白鳥)のあらすじ・登場人物
伝染病に脅える漁村の因習
- 心理
- 文字数
- 5,748字
- 読了目安
- 約11分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 岡山県
この作品について
1916年(大正5年)10月、『早稲田文学』に発表された正宗白鳥の短編。町村の自治制が敷かれて間もないころ、語り手の父は、気の進まないまま村長を引き受ける。役所の用事は家の暮らしにも及び、近村で伝染病が出ると、祭礼の神輿を出さない方針を立てた父に、村人の不満が向けられる。題名の避病院は、患者を隔離するため湾内の小島に建てられた施設である。物語は子供時代の記憶を通して、公の役目を負う父と、その周囲の人々を描く。祭りを楽しみに帰ってくる漁夫や、演説会を聞く若者など、村の日常と新しい制度が出会う場面が具体的に記される。病気を防ぐための命令を出す側と、それを受け取る側の距離も、家族の会話や土地の習慣から見えてくる。海辺の景色と人々の言葉を重ねながら、暮らしに入り込む恐怖をとらえた作品だ。
あらすじ
町村の自治制が敷かれて間もないころ、「私」の父は据わり所なく村長に選ばれる。人物に乏しい僻村ゆえの成り行きで、名誉職のわずかな俸給に甘んじ、五つの字からなる広い村の面倒な事務を朝から晩まで執ることになる。父の身が忙しくなるにつれ家の用事も増え、祖母や母は困り、自由党の壮士がやって来て演説会を開けば、近村の伝染病を理由に祭礼の神輿を禁じた父の方針が口汚なく攻撃される。やがて隣村に広がっていた病毒が、祭礼の暴飲暴食につけ込んで「私」の村にも侵入する。赤痢の患者はぼろ舟に乗せられ、海上半里の離れ島に建てられた避病院へと送られてゆく。「私」は二階の欄干にもたれ、病人船が静かな初秋の海を辷ってゆくのを恐ろしい思いで見送る。かつては絵のように美しく見えた島も、避病院が建ってからは病毒がうごめく場所として不気味に映るようになる。村長である父は、新たな患者が出るたびに医者や巡査とともにその家へ出かけ、真夜中に提灯を点けて患者を舟へ護送し、みずから島へ渡りもする。「病気になったら島流しじゃ。島へ行くのは殺されに行くようなものじゃ」と村人は言い、患者の親兄弟は村長を恨み、巡査を憎み、医師を呪う。病を隠す者が多いため巡査は夜ごと村を巡って厠通いに目を光らせ、靴音がすると誰もが便所に行くのさえ差し控えるという噂まで立つ。夜半に叩き起こされる父、戸を叩く女の悲鳴――病と死の影に脅える村の索漠とした情景を、白鳥は少年の記憶を通して冷静に描き出す。
冒頭部(原文より)
町村の自治制が敷かれてから間もないころであつた。私の父は選ばれて村長になつた。父の性質としてかういふ煩い役務は好まなかつたのであるが、人物に乏しい僻村では他に適當な候補者が見つからないので、據所なく選ばれ據所なく承諾したのらしかつた。
「避病院」正宗白鳥(青空文庫)
末尾部(原文より)
その揚句にこんなことになつたのだといふ噂が一番眞實しやかに傳へられた。 「和助も島で畝作りくらゐして生活の立つ譯はない。初手から賭博宿にでもする量見であつたのかも知れん。」と、祖母はその噂を信じて云つた。
「避病院」正宗白鳥(青空文庫)
名文
出船はその島を廻つて隱れ、入船はその島の角に現れ、夕立はその島の方から雨脚を急がせ、落日はよくその島を金色に烟らせた。……が、避病院が建てられてから島は、最早私の目にも繪のやうな感じは與へなくなつた。
湾内の小島に避病院が建てられたことを語るくだり。絵のように美しかった島の眺めが、子供の目に恐ろしいものへ変わる瞬間を描く。
原文を読む
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