室生犀星の生涯と代表作

ふるさとは遠くに

生没
1889–1962
出身
石川県
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略歴

1889年(明治22年)、加賀藩の足軽頭の私生児として金沢に生まれる。本名は照道(てるみち)。生後まもなく真言宗の寺院の住職の内縁の妻に引き取られ、7歳で正式に室生家の養子となった。複雑な生い立ちや母への思いは、その文学の底流となる。高等小学校を中退して裁判所に勤めながら詩作を始め、1910年(明治43年)に初めて上京し、金沢と東京を行き来した。萩原朔太郎らと詩誌「感情」を創刊し、詩集『愛の詩集』『抒情小曲集』で叙情詩人として詩壇に新風を吹き込んだ。1919年(大正8年)には自伝的な小説『幼年時代』『性に眼覚める頃』『或る少女の死まで』を「中央公論」へ相次いで発表し、小説家としても認められる。芥川龍之介とも親交を結んだ。『あにいもうと』や戦後の『杏っ子』『かげろふの日記遺文』など、小説でも数々の代表作を残し、1962年(昭和37年)、72歳で没した。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」の一節で知られる詩人でもある。晩年にも「蜜のあはれ」などで新たな表現に挑み、随筆・童話・俳句にも仕事を残した。1913年には詩誌「朱欒」の作品を読んだ萩原朔太郎から手紙を受け取り、詩を介した長い交友が始まった。

収録作品

名文

室生犀星の名文

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