忘春詩集(室生犀星)のあらすじ・登場人物
文語抒情詩のしめくくり
- 文字数
- 12,318字
- 読了目安
- 約25分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
室生犀星が、『抒情小曲集』『愛の詩集』のあとに編んだ詩集。我が子を亡くした体験が収録作の背景にあると序言に記されている。犀星は序言で、これが自分の抒情詩の最後のものになるかもしれないと述べ、古い文語を選んだというより、ひとりでにその形式を呑み込んでつぶやいたものだと書く。口語詩に傾く以前の、文語の抒情詩人としての締めくくりにあたる。
あらすじ
詩集は佐藤惣之助に捧げられ、序言に続いて詩篇が並ぶ。表題の「忘春」は、納戸の薄暗い隅から転がり出た三株ほどの球根が、象牙のような芽を吹いていたのを見つけ、土に埋める様子を歌う。次の「ふいるむ」では、子守唄に暮れる家の中で、「人の世の佗しさおのれ父たることのその真実を信じる寂しさ」と、父となった実感が文語で綴られる。以下、「馬守真」「象」「南京町」「道草」「童心」「笛」「溜息」「夜半」「靴下」「童子」「五月幟」「鯉」「詩情」「駱駝」「塩原道」「月」「秋日」「菊花」「柿」「蟻」などの題が並び、子どもを失った父の心、旅先の見聞、日常の小さなものへの目が、文語定型を基調に歌われる。巻末の「舞踏」は、思い出せない記憶をたどる口語に近い詩である。
冒頭部(原文より)
佐藤惣之助兄におくる 忘春詩集序言 この詩集がはしなく忘春と名づけられたのも、今から考へると何となく相応しいやうな気がする。さまざまな大切なものを忘れて来たやうで、さて気がついて振り返つて見ても何ひとつ残つてゐないやうな私には、この忘春といふ美しい織物の裏地をさし覗くやうな文字のひびきからして、しつくりと私の心からゑぐり出したもののやうに思へる。私ばかりではなく誰人でも忘春の心があわただしく胸を衝くことがあるかも知れない。それだのに私は私らしく人一倍にそれを言はうとする迅りかけた心をもつものである。つまり私は私らしくをりをり自分の暮しのなかに何かを拾ひ蒐めようとして、扨て何物をも拾ひ得なかつたかも知れない。あるひは私の拾ひ得たものは瓦と石の砕片で、さうして他に貴重なものがこぼれてゐたと言つた方が適当かも知れないのである。
「忘春詩集」室生犀星(青空文庫)
末尾部(原文より)
倫敦だつたか それとも避暑地の食堂で踊つたときだつたか 思ひ出せなかつた。 劇場の外では 孔雀や王女や小鳥など酔つた気もちで 秋ぐちの夜露に肌をさらしながら くるまや自働車にのりこまうとしてゐた 月も星もない暑い晩であつた。
「忘春詩集」室生犀星(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。