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性に眼覚める頃(室生犀星)のあらすじ・登場人物

性と詩、二つの目覚め

  • 青春

室生犀星 1919年(大正8年)10月 「中央公論」

文字数
39,797字
読了目安
約1時間20分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 石川県

この作品について

1919年(大正8年)10月、『中央公論』に発表された室生犀星の小説。『幼年時代』と『或る少女の死まで』をつなぐ、自伝的な三部作の第二作である。十七歳の「私」は、七十に近い父と寺の奥の院で暮らし、学校をやめて読書にふけっている。父と茶を飲み、犀川へ水を汲みに行く静かな生活の一方で、東京の雑誌へ詩を投稿し、その到着を待ちきれず本屋へ通う。自分の名が活字になることへの期待や誇りは、故郷の外の世界へ思いを向けさせる。そこに異性への関心も重なり、青年の内側に生まれる落ち着かなさが描かれてゆく。茶の香りや器の色、水の光といった細部をじっくりと書き込む文章は、日常の手触りと心の高ぶりを結びつける。性と詩作の双方に心を動かされる時期を、身近な風景からたどる作品だ。

あらすじ

寺に養われて育った「私」は、少年から青年へと移ろう思春期を迎えていた。町で見かける少女の面影や、身のうちに芽生える性への疼きに戸惑い、うしろめたさと憧れのあいだで心を揺らしながら、まだ形をなさない欲望をもてあましていく。それと時を同じくして、「私」は詩を書くことに深くのめり込んでいった。とりわけ心を通わせたのは、肺を病んで床に就きがちな年上の詩の友・表であり、二人はたがいの作を見せ合い、清らかな交わりを重ねる。表には、ひそかに彼を慕うお玉という娘がいた。だが病はむごく、やがてお玉もまた表と同じ病に冒されていく。性の目覚めと詩の目覚め、そして若い命に忍び寄る病と死の影とが交錯するなかで、多感な少年が一人の表現者へと育っていく姿が、繊細な叙情のうちに描かれていく。

冒頭部(原文より)

 私は七十に近い父と一しょに、寂しい寺領の奥の院で自由に暮した。そのとき、もう私は十七になっていた。

「性に眼覚める頃」室生犀星(青空文庫)

末尾部(原文より)

 私は途途、あの恐ろしい病気がもうかの女に現われはじめたことを感じた。私自身のなかにも、あの病気がありはしないだろうかという不安な神経をやみながら、あの小さい少女らしい可憐な肉体が、しずかに家に横臥えられていることを考えると、やはり表のように、とても永くないような気がした。私はじっと噴水のたえまなく上るのを見ながら沈んだ心になって、公園の坂を下りて行った。 「わたしこのごろ死ぬような気がしますの。」  この間云っていたその言葉が、真実にいま彼女の上に働きかけていることを感じた。

「性に眼覚める頃」室生犀星(青空文庫)

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