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われはうたえども やぶれかぶれ(室生犀星)のあらすじ・登場人物

病床の作家が見つめる自分

室生犀星 1962年(昭和37年)2月 「新潮」

文字数
45,570字
読了目安
約1時間31分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

室生犀星が亡くなる直前の1962年(昭和37年)2月、「新潮」に発表した晩年の作品。肺の病で入院し、コバルト照射を受ける作家自身の闘病の日々を、病室の細部や看護婦とのやりとりにこだわって綴る。詩が書けなくなったという嘆きも織りこまれる。講談社文芸文庫『蜜のあわれ・われはうたえども やぶれかぶれ』に収められた。

あらすじ

冒頭で、語り手の「私」は、平常からメモをとってきたのに、紙切れをつなごうとしても粘りがなく、六十日ばかりなにも書けずに寝て過ごしていると述べる。書く商売の者が書けなくなると、頭の中の水分も油気もなくなるという。軽井沢で微熱が続き、帰京して精密検査を受けたところ、左肺にかげがあると言われ、やがて入院する。病院では手押車に乗せられて廊下を運ばれ、地下室のコバルト放射室へ毎日通い、同じエレベーターに乗り合わせる男に気をとられる。看護婦や見舞客の様子、検温や注射、尿の量にまで目を向ける観察が重ねられ、末尾では、無心に続けるべきものを続けるだけだという静かな心境に至る。

冒頭部(原文より)

 詩を書くのにも一々平常からメモをとっている。メモの紙切れをくりながらその何行かをあわせようとすると、それがばらばらになって粘りがなくなりどうしてもくっ附かない、てんで書く気が動かないで嘔気めいた厭気までがして来る。こんな筈がないと紙切れを読みなおしている間に、頭に少しもなみが打って来ないで只のふろしきを展げたように、ぼやぼやと、よりどころがない、やはりだめだ、机の上を片づけながら臥てしまう。この六十日くらいの間なにも書いていないで、只、うつらうつらと寝るにまかしていた。書くしょうばいをしている奴が書くことが出来なくなると、一行もはたらかなくなってしまう。病いの重さもそうだが、頭がかすかすになって水分も油気もなくなるのだ、例のふろしきのような奴が夜昼なしにふうわりと冠っていた。私はその下にいた。ああいう詩がつづり合せられなくなるということは余程のことだ、出来ている行と行とを合せてゆけばよいだけなのに、口から、はあはあと大息を吐いてまいってしまう。これは余程のことだ。

「われはうたえども やぶれかぶれ」室生犀星(青空文庫)

末尾部(原文より)

 男はやはり毎晩書くことになやまされた。書ける気が厚くなってそれを行うことが治療の側でも、いりようであった。丁度、退院ということの打ち合せを秋成主治医と話をすました午後に、一人の看護婦さんが私の著書を持って三人の同僚からたのまれて署名をもとめに来た。それは何となく私をあつかうのにしんせつだった三人の看護婦さん達だった。私は言った、明日此処を立とうとしているのに署名もないもんだ。もっと先にそれを言って貰えば同じ注射をしてもらうにも、そんなに痛いとは思わなかっただろうにと私はわらって言った。彼女はそうは気がついてはいましたが仕事と私事とが一しょになるのが恥かしくてといった。間もなく病室の中はトラックの運転手や運搬人の出入りで、荷物が動きはじめた。私は井荻看護婦を眼でさがしている間にもう廊下に出てしまい、階下に何かの打ち合せに行っている井荻に会えなかった。が、井荻にも礼の一つは言いたかったのだ。エレベーターが下降して来てそれに乗りこんだ私は、誰かと話をして廊下の方を見なかったが、大勢の人が立っている様子は見られたけれど、秋成主治医と例の三人の看護婦さんが見送ってくれていたことは、後に相子から聞いて知った。それから退院後のレントゲン写映のために通う病院で、一度は四階の病室の前廊下に立ち寄ってただ歩いて見たかった、或る午後やっと病室前まで行ってみたが、担架ではこぶ患者がいるらしく担の病札が出ていた。何時もこんなに静かであったろうかと思える病室前の廊下には、全く誰も一人の看護婦も通っていなかった。私はあんなに自由に出入りしていた病室の扉に、いまは指一本触れることの出来ないことが、病院の規則であり私のまもらなければならない対社会的の方則であることを思い、嘗て私を寝させてくれた病室の前を徐ろに去った。そしてエレベーターの前に立った時に、もう一軒私に寄らねばならない所のあることに気づいたが、同時に奥テル子の瞳が異様にくるくる廻ってなにごとかを暗示した。何処に寄らなくとも彼処だけは寄らなければならないと、私はテル子にうなずいて見せてはばかりに行った。此処も今日はしんとして人は誰もいない、水の捌ける音が一面に起っていた。白い偉大なる尿器の前にそれを行うた時、私は無心であった。あの時は苦しかったがもう私は治ったという言葉を頭にうかべたが、それは尿器に対う前のほんのちょっとした時間のあいだにうかべた数行であった。いまはただ無心に続けるものを続けてしただけであった。

「われはうたえども やぶれかぶれ」室生犀星(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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