萩原朔太郎の生涯と代表作
月に吠えた詩人
- 生没
- 1886–1942
- 出身
- 群馬県
- Wikipedia
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略歴
1886年(明治19年)、群馬県前橋の開業医の家に生まれる。前橋中学のころから短歌や詩に親しみ、北原白秋の詩に深く傾倒した。若いころは実家に支えられながら詩作を続け、1934年からは明治大学で詩の講義も担当した。1913年(大正2年)、北原白秋主宰の「朱欒」に詩を発表して中央詩壇へ進出した。同年に室生犀星と知り合い、生涯の盟友となる。1916年には犀星と詩誌「感情」を創刊した。1917年(大正6年)、第一詩集『月に吠える』を刊行し、それまでの文語定型を脱した鋭敏な感覚と口語自由詩のリズムによって、日本の近代詩に一時代を画した。続く『青猫』では都会的な倦怠と憂鬱をうたって口語自由詩の完成者と称され、散文詩風の小説『猫町』や、評論『詩の原理』『郷愁の詩人 与謝蕪村』なども残した。のちの詩集「氷島」では文語詩にも取り組み、口語自由詩からさらに表現のあり方を模索した。「日本近代詩の父」と呼ばれる。1942年(昭和17年)、肺炎のため55歳で没した。