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青猫(萩原朔太郎)のあらすじ・登場人物

都会の夜の倦怠とノスタルジア

萩原朔太郎 1923年(大正12年)1月

文字数
43,311字
読了目安
約1時間27分
表記
旧字旧仮名

この作品について

1923年(大正12年)1月、新潮社から刊行された萩原朔太郎の第二詩集。『月に吠える』から六年後の一冊で、「幻の寝台」「憂鬱なる桜」「意志と無明」など六章に詩篇を配している。序文で著者は、自分が歌おうとする情緒を、激しい興奮よりも静かな魂の郷愁と説明し、春の夜の横笛になぞらえる。ここでいう郷愁は、故郷の風景への懐かしさだけでなく、実在の世界へ届こうとする憧れを指す。冒頭の「薄暮の部屋」では、疲れた身体や室内の光、蠅の羽音と恋人への呼びかけが入り交じり、弱々しい生の感触を作り出す。反復される言葉や音は、情景を説明する以上に、読み手をその気分へ近づける働きを持つ。著者の序と例言を併せて読むことで、感覚から生まれる憂鬱と、思索に伴う憂鬱とを区別しながら編んだ詩集の構想にも触れられる。

あらすじ

「幻の寝台」「憂鬱なる桜」「さびしい青猫」「閑雅な食慾」「意志と無明」「艶めける霊魂」の六章からなる。冒頭の「薄暮の部屋」では、疲れた心臓の持ち主である「私」が、うすぐらい室内の光線と力ない生命の韻動をかなしみ、恋びとの気配に慰めを求める。全篇を貫くのは、はげしい情熱ではなく、幼い頃から詩人につきまとう「故しらぬ霊魂の郷愁」であり、実在の世界へのあこがれの哀傷である。表題作「青猫」では、賑やかな都会を愛することのよろこびをうたいながら、その大都会の夜にねむるものはただ一匹の青い猫の影――かなしい人類の歴史を語り、詩人が求めてやまぬ幸福の青い影――にほかならないと歌いあげる。倦怠、頽廃、月夜の陰鬱、閑雅な食慾、そして思索がもたらす宿命論的な暗さ。それらが感覚的な憂鬱と思索的な憂鬱の二筋となって流れ、けだるく艶めかしいリズムのうちに溶け合ってゆく。『月に吠える』が近代人の神経の戦慄を描いたとすれば、『青猫』はその神経が都会の夜にたゆたう倦怠と郷愁へと沈静してゆく世界を描き、口語自由詩の一つの到達点を示した詩集である。

冒頭部(原文より)

薄暮の部屋 つかれた心臟は夜をよく眠る 私はよく眠る ふらんねるをきたさびしい心臟の所有者だ なにものか そこをしづかに動いてゐる夢の中なるちのみ兒 寒さにかじかまる蠅のなきごゑ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ ぶむ。 私はかなしむ この白つぽけた室内の光線を 私はさびしむ この力のない生命の韻動を。

「青猫」萩原朔太郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

青猫 この美しい都會を愛するのはよいことだ この美しい都會の建築を愛するのはよいことだ すべてのやさしい女性をもとめるために すべての高貴な生活をもとめるために この都にきて賑やかな街路を通るのはよいことだ 街路にそうて立つ櫻の竝木 そこにも無數の雀がさへづつてゐるではないか。 ああ このおほきな都會の夜にねむれるものは ただ一疋の青い猫のかげだ かなしい人類の歴史を語る猫のかげだ われの求めてやまざる幸福の青い影だ。

「青猫」萩原朔太郎(青空文庫)

名文

ああ このおほきな都會の夜にねむれるものは ただ一疋の青い猫のかげだ かなしい人類の歴史を語る猫のかげだ われの求めてやまざる幸福の青い影だ。

詩集の表題作「青猫」から。華やかな都会への憧れを歌ったあとに現れる、夜の都会に眠る青い猫の影。憂鬱と幸福への渇きが一つの像に重ねられている。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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