僕の孤独癖について(萩原朔太郎)のあらすじ・登場人物
人嫌いの来歴を自ら語る
- 文字数
- 5,011字
- 読了目安
- 約10分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
萩原朔太郎が、自分が昔から「人嫌ひ」「交際嫌ひ」で通ってきた理由を、一人称の「僕」で振り返る随筆。生来の気質と、子供時代から学校で除け者にされた環境の二つを理由にあげ、孤独癖を治療できたと結ぶ。詩人の内面の自己分析として、また朔太郎の人柄をうかがう資料として読める。
あらすじ
書き出しで「僕は昔から『人嫌ひ』『交際嫌ひ』で通つて居た」と述べ、その事情の第一は先天的な気質、第二は環境にあったとする。性癖の発芽は、比較的良家に生まれ甘やかされて育ったために、他人との社交で自己を抑制できないことにあるという。さらに、風変わりな性格のため小学生時代から仲間はずれにされ、学校の記憶は今でも寒々とした悪感が走るほど「悪夢の追憶」だったと語る。そのため益々人嫌いになり、非社交的な人物になったと続く。後半では、天才の孤独は「特権」ではなく「悲劇」だと論じ、最近ようやく自己の孤独癖を治療し、常識人の健康を恢復してきたと述べて、「ミネルバの梟」は暗い洞窟から出て白昼を飛べるだろうという希望で結ばれる。
冒頭部(原文より)
僕は昔から「人嫌ひ」「交際嫌ひ」で通つて居た。しかしこれには色々な事情があつたのである。もちろんその事情の第一番は、僕の孤独癖や独居癖やにもとづいて居り、全く先天的気質の問題だが、他にそれを余儀なくさせるところの、環境的な事情も大いにあつたのである。元来かうした性癖の発芽は、子供の時の我がまま育ちにあるのだと思ふ。僕は比較的良家に生れ、子供の時に甘やかされて育つた為に、他人との社交について、自己を抑制することができないのである。その上僕の風変りな性格が、小学生時代から仲間の子供とちがつて居たので、学校では一人だけ除け物にされ、いつも周囲から冷たい敵意で憎まれて居た。学校時代のことを考へると、今でも寒々とした悪感が走るほどである。その頃の生徒や教師に対して、一人一人にみな復讐をしてやりたいほど、僕は皆から憎まれ、苛められ、仲間はづれにされ通して来た。小学校から中学校へかけ、学生時代の僕の過去は、今から考へてみて、僕の生涯の中での最も呪はしく陰鬱な時代であり、まさしく悪夢の追憶だつた。
「僕の孤独癖について」萩原朔太郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
とにかく僕は、最近漸くにして自己の孤独癖を治療し得た。そして心理的にも生理的にも、次第に常識人の健康を恢復して来た。ミネルバの梟は、もはやその暗い洞窟から出て、白昼を飛ぶことが出来るだらう。僕はその希望を夢に見て楽しんでゐる。
「僕の孤独癖について」萩原朔太郎(青空文庫)
原文を読む
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